風呂と読書 前半

 実家の近くに、大浴場を中心にマッサージや食事処などのサービスを統合した施設があります。温泉ではないので、スパ……と呼ぶのでしょうか。
 しばしば湯を楽しみに行っています。
 少し前の話ですが、そこで信じられない人を見ました。


 そのスパは平日であってもかなり混みあいます。その日も、芋洗いとまではいかないまでも子供を含めてかなりの人で賑わっていました。
 そんな中。
 メイン浴槽にいた一人の男に、自分は眼を釘付けにさせられました。
 四十代くらいでしょうか。ニヤけた顔をしたその男は、なんと風呂に浸かりながら本を読んでいたのです。
 一瞬、自分の目が信じられず。
 二度見しましたが、やはりニヤケ男が持っているのは本。紙の本でした。

 正直な話、自分も風呂に本を持ち込むことはあります。あるどころか、それは自分にとっては昔からの趣味です。
 そう。
 自分は「風呂本読み」なのです。
 しかしそれは、あくまで自宅の風呂で行う範囲の事。
 風呂に本を持ち込むことのメリットデメリットを知り尽くしていると言っても過言ではない自分だからこそ、このニヤケ男の行為は許せませんでした。

 まず言いたいのは、風呂に持ち込むことによる本へのダメージ。
 一応書いておきますと、経験のない人は湿気による本へのダメージ、すなわち「湿害」を過剰に想定しがちだと思いますが、実はこれは大したことがありません。
 自分が風呂に本を持ち込む方法は、様々な試行錯誤を重ねた後、非常にシンプルはやり方に行き着きました。
 すなわち「湯船に板(風呂蓋)を渡して机とする」方法。

 通称を「板渡し法」と言います。

 「湿害だけではそこまで本は傷まない」という自分の感覚をもとに、直接の湯気を板で防くのみという湿害対策を最低限度に抑えたこの「板渡し法」は、本が持ち込みやすく読みやすいにも関わらず、さらに風呂本読みとしては最悪の事態である「湯船落ち」もほぼ100%防ぐという、ある意味で「風呂読書法」の究極の形の一つに行き着いたものだと思っています。
 ただしこれはあくまで「湿害」によるダメージをどこまで対策するべきかというだけの事。水滴を含む「水害」となると全く別の話。これはもう、一滴の水であっても本に付けばダメージとなります。
 「水害」を防ぐ最大の方法は、とにかく「入浴手順」を守ることです。
 自分の場合は、まず風呂に入った際には手首から先には絶対に水分を付けずに本を読み、「入湯限界」あるいは「手汗限界」まで読書を楽しんだあと本を脱衣所に戻し、今度は「手湯解禁」にして身体を洗い、もう一度ザブリと浸かって上がる、という入浴手順を厳守しています。
 もちろん、風呂を上がった後は手をよく拭き、身体にはバスタオルを巻いた状態で涼みながら、汗が引くまで本の続きを楽しみます。
 この「板渡し法」と「入浴手順」は、多くの犠牲本を出しながら編み出した、最もシンプルかつ効果的な風呂読書法だと自負しています。

 文章が長くなってきたので、前後半に分けます。
 後半は、風呂本読みとして、このニヤケ男がいかに禁を犯しているか。マナーを逸脱しているか。そして風呂本読みの社会的地位を貶めているかについて書きたいと思います。

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