風呂と読書 後半

 風呂と読書。後半です。
 後半では、公衆浴場で本を読んでいたニヤケ男がどれだけのマナー違反を犯しているか。
 「風呂本読み」として書き連ねさせてもらおうと思います。

 
 とにかくあのニヤケ男。
 まず「湿害」も「水害」も頭にないのでしょう。
 そもそも公衆浴場では手を濡らさない事が難しい。
 手の「濡れ」はそれだけで風呂読書を諦めるべき、風呂読書の大敵なのですが、これは浴び湯という入浴マナーとは絶対に並び立たないものであり、風呂読書の方法論以前に入浴のマナーが全くなっていないことになります。
 さらに「水しぶき」へも無策。多くの人、それも子供も入っている浴場内では水しぶきはあって当然。一滴の水でさえも本にとっては大きなダメージとなります。自宅ならばともかく、浴場では脅威となるはずです。
 さらにこのニヤケ男は風呂本読みにとって「最悪の事態」である「湯船落ち」も甘く見ています。経験がないとわからないとは思いますが、自宅の風呂ですら「板渡し法」のような対策を取らないかぎりゼロには絶対になりません。不測の事態は必ずあります。ましてや公衆浴場です。

 何より、他人へのマナーを徹底しなければならない場所で、ニヤつきながら本を読むという事自体が大きな間違い、いや、罪と言ってよいでしょう。浴槽の奥に行こうと思っても、この男の近くを通るときに水しぶきを上げられないと思うと、自由に移動することすら出来ません。
 他人に気を使わなければいけない場所にも関わらず、この男は他人に気を使わせているのです。
 まぁ、この男の顔を見る限り、他人への迷惑を気にかける性格ではないのだということがよく分かりました。
 あのニヤニヤ顔。
 あれは明らかに読書を楽しむために本を持ち込んだ表情ではありません。
 「見てくれよ、見てくれよ。オレって風呂に入っている時でも、こんな難しそうな本を読んでいるんだぜ。すごいだろ、スゴいだろ(ニヤニヤ)」という顔でした。
 風呂を楽しむ者として。
 読書を楽しむ者として。
 そして風呂本読みとして。
 この男は心底許せないと思いました。
 こいつは「風呂本読み」ではない。エセ風呂本読み。ただの悪性ナルシストだ、と思いました。

 そもそも、「風呂本」はたいていの人から認められない趣味です。
 同じ風呂本読みだった妹以外、自分が風呂で本を読むと告白して、引かなかった人などただの一人もありません。人によっては怒りすらします。
 だからこそ、風呂本読みはきちんとした対策をし、マナーを守り、一人で静かに楽しむべきものなのです。
 他人に見せるような趣味ではないのです。
 公衆浴場で本を読むなど、公共のマナーに反した上に、我々のような誰にも迷惑をかけていない風呂本読みの社会的地位までも貶める、最低な行為なのです。

 注意しようか。
 その時には本気でそう思いましたが、生来の気の小ささと、また感情的にならないという自信すらなかったので、泣き寝入りました。
 すこし後悔しています。

 さてこのニヤケ男に関しては、実はまだ書き足りないことがあります。
 このニヤケは何の本を読んでいるのか、ちょっと気になったので浴槽の正面に座ってすこし観察してみました。
 持ち込んでいるのはハードカバー。風呂本読みには「高価な本の持ち込みはタブー」「出来ることならば読み捨て可能な雑誌とすべし」とする向きもあるのですが、コイツはそれすら知らないようです。
 で。
 その本をよく見て、とあるシールが貼られているのに気づいた時、ちょっとブチ切れそうになりました。

 そのシールは。
 市の中央図書館の蔵書であることを示していました。

 公衆浴場のマナーを守らず。
 公共財産である図書館の本を。
 「しぶき浴び」「湯船落ち」の危険に晒しながら。
 頭良いアピールのために。
 ニヤニヤ顔で読む。

 マナーを守らないということは、これほどの不快感を引き出せるものなのか。
 と、心のなかに黒い何かが湧き出てくるのを感じながら。

 とりあえず呪いました。

 おそらくこのニヤケは、いつかヒートショックで誰知らず孤独死することでしょう。
 ニヤケ男に呪いあれ!! エセ風呂本読みには残酷なる死を!!!

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