キキさんのアルバイト 第一話 第二章

自作小説『キキさんのアルバイト』第一話の第二章をアップします。
今回は、テキスト読み上げソフト「VOICEROID+ 結月ゆかりEX」を使用して、朗読データも作成してみました。


VOICEROIDシリーズはこれからもしばしば使用し、またソフトの紹介もしていこうと思っています。




01.

 日が暮れた街。申し訳程度に灯された街頭が、暗闇のなかにボンヤリと立っている。そんな街外れの公園に、黒い一対の翼が音もなく降り立った。
 石畳の上で、輪郭の定かではない黒い翼は、自らを包み込むように円錐状に形を変え、そしてその姿を消した。
 闇が消え去った後には、女性がひとり佇んでいた。
 人気のない公園で、野良犬だけがそれを見ていた。
 女性は、長身でスレンダー。灰色にも黒にも見える長い髪を、うなじの下あたりで少しだけ色気のあるリボンでまとめ、露出した耳は長く尖り、髪と同色の羽毛で覆われている。
 そして焦げ茶の皮のロングコートを纏い、同じ素材で作られている小さなハンドバッグを手にしていた。
 空から降り立った女性、キキさんは、唸りながら威嚇する犬を、切れ長の眼で見据えた。途端に犬は、尻尾を股の下に入れて、街頭が薄く揺らめく光の下から逃げ出していった。
 彼女は、何事もなかったかのように、公園の外へ向かって歩き出した。
 そこは閑散とした住宅街で、ポツリポツリと明かりの漏れている窓が見える。宵の口とあって、若いカップルや、長引いた仕事の帰りである年配の男性が、少しばかりだが道を歩いていた。
 キキさんは極自然にそれらの人々とすれ違いながら、迷いのない足取りで進んで行く。
 キキさんの進む先には、周りの住宅とは少しだけ雰囲気の違う、小さな建物があった。
 そこは、薄くライトアップされたバーの看板がかけられている、石造りの目立たない店で、古いのだろう、街の風景とよく調和していた。
 キキさんはバーの扉を開けて、中に入った。
「こんばんわ」
 店内は照明の抑えられたシックな雰囲気で、カウンターの他は、数人掛けのソファーとテーブルが何脚か置かれただけの小さなバーだった。
「いらっしゃい、……おう、キキさん、随分とご無沙汰だな」
「お久しぶりです。ホホ、ちょっと、お金がピンチでして、あんまり贅沢が出来なかったんですよ。」
 マスターは、白のワイシャツに深いV字襟の黒ベスト、そして腰にはベストと同色のロングエプロンを巻いたバーテンダースタイルで、酒瓶が並ぶカウンターの中、グラスを磨きながらキキさんを迎えた。
 服装はどこからどう見てもバーテンダーなのだが、しかしマスターの見た目と雰囲気は客商売のものとは思われない。
 むしろ、そう、熊を連想させる。
 大柄で、服の上からわかるほどの筋肉質。髪も髭も濃く、器用に優しくグラスを磨いているその指は、しかしそんな繊細な作業をしているとは思えないほど節くれだっていた。
 だが話をしてみると、声には人に安心感を与える優しさがあり、饒舌ではないが、客に会話を楽しませる心配りと知性を感じさせるものがある。
 酒の種類も知識も豊富で、価格はそこまで高くない。キキさんはこのマスターを気に入り、外でお酒を嗜みたくなったら、まずここに来ることにしていた。信頼を寄せるようになってからはいろいろと深い話もし、相談に乗ってもらったこともある。
 マスターがカウンターから出て、キキさんが脱いだコートを受け取り、入り口にあるツリーハンガーにかけた。客はキキさんひとりだった。
 カウンターに座り、キキさんは言った。
「お金に困っているものだから……」
 マスターが口を開いたのも、同時だった。
「お金に困っているのだったら……」
 一瞬の沈黙の後、キキさんが譲る。
「お金に困っているのだったら、ちょっとアルバイトでもしてみないかい?」
「……それは、願ってもないことなのですけど……」
「実は、魔王砦で家政婦を一人募集していてね。国教会を通じて、ウチにも話がきた。まぁアルバイトとはいえ、流石に誰でもいいわけじゃない。オレとしては、キキさんは適任だと思うのだが」

02.
 まず、この国の歴史を、すこし説明しなければなるまい。
 この国は、冬には雪の降る、やや寒い地方に属している。しかし、その更に北には人間の侵入を拒む極寒の高地があり、そこは「台地」あるいは「北の地」と呼ばれていた。それに対を成し、この地方は「下の大地」という。
 北の地が人間を拒む理由は、夏でも氷が溶けない寒さが一つ。
 そして、そこに住む「氷の種族」と呼ばれる存在が関係する。
「氷の種族」は、血液をも凍らせる風雪が形を成し、生命を宿したとされる種族で、姿形は人間と似ているが、その胸元に核となる透明な結晶が露出している。この結晶は熱に弱く、人間にとっては寒冷な下の大地の気候ですら致命的な熱さとなるため、国の人間も、氷の種族も、お互いにその存在は知っていたが、しかしほとんど交渉することなく長い年月を過ごしてきた。
 しかし、ある日、その状況に変化が訪れた。
 後に「魔王」と呼ばれることになる氷の種族の女性ミティエーリが、氷結晶という物質の作成に成功する。これは彼女しか創りだすことの出来ないものだったが、氷結晶は持つものを冷気で包み込み、たとえどれだけ暑い気候のもとでも、氷の種族の核を熱から守る効果を持っていた。
 氷結晶を持った氷の種族達は、ぞくぞくと台地から下りてきた。
 彼らは基本的に陽気で情熱的。好奇心が強く家族や仲間と認めたものを大切にする反面、粗野で荒々しく、敵と認識するととことん敵対するという排外的な性格も持つ。
 氷の種族たちは最初、特に侵略の意図があったわけではなく、むしろ単なる好奇心で下の大地を見に来ていたのだが、他の種族とは長く交流がなく、自分たちとは別の考え方をする文化がある事を理解できず、様々な場所で下の大地の人々とトラブルを起こし、摩擦を産んでしまった。
 下の大地に降りた氷の種族たちは、互いに連携していたわけですら無い。トラブルを起こしたことを反省し、交流のためのルールづくりに考えが及んだ氷の種族もいたのだが、しかしそれが全体に伝わることはなかった。そして衝突は同時多発的に各地で起きた。
 悪いことに、氷の種族は個々の戦闘能力が非常に高かった。彼らにしてみれば、驚かす程度にブリザードを吹かせただけでも、それは下の大地の人々の命を奪うのに十分過ぎる冷気となった。
 下の大地の人々は、氷の種族を脅威であると認定し、力を合わせて排除にかかった。氷の種族にも犠牲者が続出し、両種族の間に相互理解も寛容の心も芽吹く機会は訪れぬまま、戦争状態へと突入してしまった。
 個々の戦闘能力が高い氷の種族は、戦争初期には猛威を振るって下の大地を荒らして回った。しかし彼らは数が少なく、何よりも連携をとって行動することが苦手で、また氷結晶を奪われると死んでしまうという弱点があった。
 やがて、氷の種族はその数を減らし、劣勢になっていく。
 戦争末期。追い詰められた残り少ない氷の種族達は、北の地になんとか撤退しようと、ミティエーリを精神的支柱として組織を立て、包囲を破る最後の反抗にでる。
 しかし下の大地の人々は怒り、氷の種族の撤退すら許さず、攻撃を仕掛けた。
 氷の種族達は、ついに迷いの森と呼ばれる森の中に砦を作って立て篭もる。それはどこからの救援も期待できない悲壮な籠城だったが、それでも暫くの間、彼らはそこで持ちこたえた。
 下の大地の大軍をも阻んだ、魔王砦の戦いと呼ばれた攻防戦は、しかし単騎で魔王砦への侵入に成功した「勇者」と呼ばれる戦士が、ついに魔王ミティエーリの暗殺を果たすと、氷の種族はまとまりを失い、魔王砦は崩壊した。
 生き残った氷の種族達は、その多くが討たれ、極僅かに逃げ延びた者たちも、北の地に残っていた同族達から受け入れを拒まれて、下の大地で逃亡者となり、ついに戦争は終結した。

03.
 家政婦を募集しているという魔王砦は、形としてはすでに取り壊されて跡形も無いが、現在は跡地を国教会が管理し、今でも魔王の娘が軟禁されていると、歴史が伝えている。
 それはキキさんではなくとも知っていることだった。
 戦時中に、勇者の存在を見出して神聖化し、下の大地の人々の旗印として祭り上げ、それによって勢力を築いた団体は、今では国の中心的な宗教「国教会」としてあり、歴史の伝達や、戦争、魔王、勇者と言った事柄を管理する立場になっている。
 なるほど、魔王砦でアルバイトを募集しているとしたら、それは国教会の管轄だろう。バーのマスターの言動は、むしろ国教会を嫌っているかのようだとキキさんには見えていたのだが、何らかのつながりがあるらしい。
 それに関しては、キキさんは何も聞かず、まずはどのような条件なのかをマスターに尋ねた。
 マスターは、バックヤードへと下がり、何枚かの書類をもって戻って、キキさんに見せる。
「やつらは税金と喜捨で動いているからな。金払いに関してはズブズブだ」
 記されている業務内容は、基本的にはただのハウスキーピング。そしてなるほど、家政婦の仕事にしては、相場を大幅に上回る額の給金がそこには記されていた。
「……確かに、これは美味しいですね」
「別に、変な仕事じゃない。それはオレが保証する、確かに。なに、何の事はない、砦跡に封印されている魔王の娘ってのが、掃除が苦手、洗濯は苦手。飯炊きもヘタ。しかし何やらこの娘にしか出来ない仕事をしていて、それに注力したいから家政婦を雇ってくれと、国教会に泣きついたらしい」
「なるほど。マスター。これ、面接はいつです?」
「そちらの都合でいい。後で教えてくれ。オレが話をつけてやるから、明後日あたり、もう一度来てくれないか?」
「分かりました。よろしくお願いします」
「いや、こちらとしても大助かりだ。キキさんなら、能力的にも人格的にも、安心して薦められる。オレの顔も立つというものだ。……ところで、飲んでいくんだろう?」
「ええもちろん」
「こんな酒を手に入れたんだが」
 書類と一緒にバックヤードから持ってきた酒瓶を、マスターはカウンターテーブルに置いた。東方で生産された、コメから作る酒だという。一口飲んで気に入ったキキさんは、この場で飲むだけではなく、未開封のものを一本購入した。
 暗黙のうちに、仲介の礼も兼ねている。
 この酒は貯蔵しておいて、いつか私達のマスターが帰ってきた時に開けよう。キキさんはそう考えた。
 すでに何本も貯めている「その日に開ける酒」が、また一本増えたのだった。

04.
 晴れた冬の朝。背筋がピンとなるような緊張感のある寒さも気にせず、キキさんは館をたった。
 迷いの森は遠い。彼女は地図を片手に、迷いの森の入り口をイメージした。
 すると、キキさんの姿は、迷いの森の入り口に有った。
 ボリュームのあるファー付きのダウンコートの下に、仕事着である煉瓦色の厚手のブラウスと紺のロングスカートを着用している。
 キキさんの力によって、付喪神と呼ばれる命ある品物に変えられた車輪付きのスーツケースが、地図を見ながらあるくキキさんの後ろを、車輪を滑らせることなく、エッチラオッチラという感じで動きながらついて来ている。
 やがて道が途切れ、視界がひらけた。
 魔王砦の跡地。
 そこは森の中にあって樹は無く、崩れた城壁や、倒れた尖塔の瓦礫が散乱し、苔にむされていた。
 かつては城門であったのであろう、かろうじて生き残っているボロボロのアーチをくぐると、その先にはまた人が歩いて出来たような道があった。
 砦跡の中央部。人工的に築かれたらしい高台の上に建てられた、乾燥した豆腐のような、乾いた四角い建物に、道は続いている。
 バーのマスターに渡された書類によると、それはかつて氷の種族たちが参謀本部として使用した建物だったそうだ。
 キキさんはふと視線を感じ、あたりを見回した。
 細い道は、高台に行く途中で枝分かれしており、別れた先は、砦が壊された後に建てられたらしい比較的新しい木造の小屋に続いている。そして、道の左右には畑が作られていた。
 かつての古戦場も、今では自然に飲み込まれ、悠久の時の中にゆったりとたゆたっているようだった。
 いつの間にか、視線は感じられなくなっていた。
「掃除の出来ない魔王の娘……か」
 さてさて、どんな子なのやら。
 キキさんは、参謀本部のドアの前に立つ。頑丈で無骨で実用的それも戦時の実用性を求めて作られた鉄のドアだった。
 取り付けられている、なんの装飾性も無い円形の叩き金を使って、キキさんはドアをノックした。重々しい金属の響きが、参謀本部の内外に響き渡った。

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