小説『キキさんのアルバイト』第一話 第三章

キキさんのアルバイト 第一話 第三章

やっとキキさん以外の主要キャラクタを登場させることが出来ました。
今回も、結月ゆかりの朗読データを添えてお届けします。








1.

 かつて、魔王砦の参謀本部として作られた、頑丈で飾り気のない建物の中に、キキさんは居た。
 灰色の混凝土製。乾燥した豆腐のような四角い形をしている。
 魔王砦で、唯一破壊されずに残された建造物でもある。
 砲撃への耐性を持たせるためだろう、壁が二重になっており、人一人がやっと通れるような回廊が建物全体をぐるりと囲んでいる。廊下は中央に一本あるだけで、すべての部屋がその周りに配されている。部屋と部屋とはドアで繋がれており、廊下に出なくとも別の部屋に行き来できるようになっていた。生活のためではなく、内部連絡を取りやすくするための作りである。
 その間取りを見るだけで、この建物が軍事用に作られたものだと解った。

かなりテキトーな魔王砦 一階 間取り図.jpg

 キキさんはここで、軟禁されている魔王の娘「ハク」と出会った。
 ハクに招かれた先は、かつて中央会議室として使われていたという部屋で、壁に掛けられた何種類もの地図が特徴的だった。
 中央に設置されている長大な机ではなく、脇に置かれた4人掛けのテーブルにハクと向かい合って座り、キキさんはアルバイトの面接を受けていた。
 ハクは、見た目は二十代前半くらいの人間の女性のようで、氷の種族に特徴的な蒼い透き通るような髪を持ち、縛らずに肩口辺りまで垂らしている。
 冬だというのに薄着で、胸元の開いたタンクトップにスキニーパンツという彼女の出で立ちは、キキさんの意識では人と会うにしては端たないとも思える服装なのだが、もともと氷の種族は熱に弱く、裸に近い格好でいることが基本的な文化であると知っていたため、その点は気にしないようにした。
 開いた胸元には、拳大の氷塊にも似た「核」が、半分身体の中に埋め込まれた形で露出している。首には丈夫そうなロープの首飾りを着け、そこにキラキラと光る透明の結晶が取り付けられていた。
 単なる装飾品ではない。これこそが氷の種族を下の大地へと導くきっかけになった氷結晶なのだろう。キキさんも実物を見るのは初めてだった。
 造形は素朴だが、とても美しいと思った。
 キキさんが見るに、ハクはあまり気の強い女性ではない。むしろ引っ込み思案で、会話があまり得意ではないようだ。当然、交渉事も苦手らしく、緊張しており、それでも雇い主として立場を保ち、その上できちんと話し合おうと努力しているのは分かった。
 気弱なところがあるが、基本的に悪い子ではないようだという印象を、キキさんは持った。


2.

「では、ここまでのところをまとめさせてもらいます」
 キキさんが頷くと、手にしたノートに目を落とし、ハクは読み上げた。
「まず、キキさんに頼みたいのはハウスキーパーの仕事全般。日常的な掃除を始めとして、物品の管理、場合によっては事務作業など、仕事は多岐に渡ります。本来この砦跡の管理は、国教会から私に課せられた義務なのですが、別の仕事に注力するという目的のため、人を雇って代行してもらう許可を頂きました」
 できるだけノートを見ないようにしているのだろうが、チラチラと目線を下げながらハクは続ける。
 決めたことを覚えきれないという訳ではなく、人と目線を合わせるのが苦手なようだ。
「お給金に関しては、これは国教会からの支払いとなるため、私、ハクが関与できるところではないことはご了承ください」
 キキさんは頷く。これはバーのマスターに貰った募集要項にも記載されていた。
「それから、私は国教会に対して生活全般を報告する義務があります。その中には雇った人に関する事例も含まれることになります。時と場合に応じて、その報告が国教会側の査定に関連する可能性があるということは、頭に入れておいてください」
 これも当然であろう、と、キキさんは頷いた。査定されない仕事など、緊張感のない遊びに過ぎない。
「では次に労働条件に関してなのですが」
 ここからはまだ話し合っていない事柄になる。まずはハクが話し始めた。
「私としましては、住み込みの形態になるのが妥当かと思うのですが、どうでしょう」
「住み込みですか?」
「ええ、この建物だけでもかなりの広さがありますし、通いの形態では手入れが行き届かないかと……」
「こちら側の希望は、自分の住む館の維持管理に差し支えない範囲でのアルバイトだったのですが」
「え?」
「一応、募集の書類を渡された際に、相手方に話していたのですが……伝わっていませんでしたか」
 ハクは少し慌ててノートのページを繰った。恐らくは単なる連絡ミスで、ハクの責任ではないだろうし、それは彼女も理解しているのだろうが、不測の質問をされると戸惑うらしい。ノートをめくるのは自分の気を静める時間が欲しいと思ったからだろう。
 程なくしてハクは「その点はこちらでも把握していませんでした、すみません」と謝った。
「いえ、ハク様が謝るようなことではありません。恐らくは連絡の行き違いでしょう。ただ、困りました。わたくしとしては、ここが一番譲れない部分だったものですから」


3.

「わたくしとしましては、この大きさの建物であるならば、通いでも問題はないと考えておりますが」
「え? でも……?」
 自信ありげなキキさんの答えに対して、ハクは言葉を濁した。
「失礼ですが、何か住み込みでなければいけない理由が、他にあるのでしょうか?」
「……ええと、その……」
 キキさんは努めて静かな口調で言った。
「わたくしは、雇用主と従業者は、信頼関係が大切だと心得ております」
「? ……はい」
「もちろん、何もかも開けっぴろげにすればいいという訳ではありませんが、しかしお互いあまり隠し事が多いとその信頼関係を培うことは出来ません。どうでしょう、何か住み込みにしたい理由があって、それが差し障りの無いことであれば、教えていただきたいのですが。こちらにとっても判断の材料になりますし」
 ハクは一瞬だけ目をそらし、実は……と、切り出した。
「自分には、これも国教会から課せられていることなのですが、その、養育を任されている子供がいます。いえ、別に悪い子ではなく、むしろ素直で明るい子なのですが、しかし……」
「しかし?」
「恥ずかしいことですが、自分は幼少期以来、魔王の娘としてこの砦跡に軟禁された状態です。性格もその、内向的で、人としゃべることも上手くはありません。そもそも人と会うことも少ないですし、このような人生経験では、あの子に伝えてあげられる事が少ない」
「……」
「せっかく外部の方を招くのだし、その仕事を見て、社会人とはどうあるべきかを学んで欲しくて……。その場合だと通いよりも住み込みで居てもらった方がいいかと……そう、思ったんです。あ、いえ、砦跡が広いというのはもちろん本当です、自分がここの掃除をしようと思ったら、それだけで何日か……」
「わかりました」
「……はい?」
「わたくしは、ハク様のお志は尊いものだと思います」
「え……、じゃぁ」
「ただし」
 期待を滲ませたハクの声に対して、キキさんはピシャリと言った。
「これは募集要項には無かった事でもございます。そして、子供の健全な生育に関わるという責任のある仕事には、自分としては負いかねる部分があり、積極的には請けられない、と、言わざるを得ません」
「そ……そうですか……そうですよね。いえ、もちろんそれが当然なんです。ただその、教師役をして貰うようなわけではなく、普通に仕事をしてもらってその姿を見せてあげたかっただけで……」
「ハク様の言いたいことは良く分かります。とりあえず……」
「はい……やっぱり、この話はダ……」
 しょげて諦めてしまった表情を見せるハクに言葉を続かせず、キキさんは言った。
「とりあえず、住み込みか通いかといったような条件面の話は後にしましょう。先に具体的な仕事内容の説明をしていただけませんか?」
「メ……え?」
「ハウスキーピング全般と言われましても、その家々によってやり方が違うでしょうし、ここは特殊な場所でもあります。ご指導を受けた後、条件面の話を詰めて、それで雇用していただけるか否かを決めるのがよろしいかと思います」
「あ、はい! ではまず一部屋ご案内して、そこで仕事の感じを実地で説明します」
「それと」
「?」
「ご同居されている方がいらっしゃるのでしたら、出来れば一緒に来ていただければ良いかと」
「そうですね。……ちょっとまって頂いてよろしいですか? 呼んできます」
 ハクが席を立とうとすると、キキさんがそれを手で制した。
「その必要は無いかと思いますよ」
 言って、キキさんは会議室の正面ドアではなく、狭い回廊に繋がる小さな連絡用のドアを指差した。
 一瞬だけ、場を沈黙が支配する。
 その沈黙に耐えかねたように、普段はあまり使っていないのだろうそのドアが、ギギィと軋んだ音を立てて開かれた。


4.

 ドアを開けたのは、10代前半くらいの女の子だった。
「こんにちわ。キキと申します。お名前を教えてもらっても?」
「えへへ。クークラです」
 回廊は普段は人が入らないようで手入れも行き届いていないらしい。クークラは身体についたホコリを叩いて落としながら名乗った。
「どうして分かったの?」
「どうしてじゃありません。盗み聞きなんて!」
 悪びれずにキキさんに問うクークラに、ハクが呆れたような声を上げる。
「もともと、冒険者をしていたものでして。ダンジョンに潜んだ時の経験などで、気配には敏感になったのですよ、クークラさん」
 事も無げに、キキさんは答えた。
「へぇ! 冒険者! その頃のお話、聞いてみたい!」
「クークラ!」
「あはは、ごめんなさい。でもハクがちょっと心配で」
「お仕事のお話です。心配されるようなことなどありません!」
「でも、完全に交渉の主導権を取られてたじゃない」
「そ! そんなことは……」
 クークラの指摘に、ハクの語尾が弱まる。自覚していたらしい。
 クークラはハクよりもずっと社交的で、物怖じしない性格のようだ。キキさんは二人の会話を微笑みながら聞いて、ハクに助け舟を出した。
「ハク様。まずは掃除する部屋へご案内ください。クークラさんも一緒に」
「そ……そうですね。クークラ。付いてきて」
「はーい」
 無邪気に笑うクークラを、キキさんは改めて見てみた。
 何か違和感がある。
 姿形は人間の女の子だ。赤を基調にしたワンピースを着ており、華やかな印象がある。回廊を渡ってきたためホコリにまみれているが、身だしなみはしっかりとしており、髪はもみあげの部分がしっかりと三つ編みに結われ、後ろ髪もお団子にされている。立ち姿も、歩くときも姿勢が良く、子供らしい無邪気さ、ハキハキと喋る快活さがあった。
 キキさんは、ハクとは別の種類の好感を持ったが、しかし何か不自然さを感じた。
 クークラの方でもそれを敏感に悟ったらしい。
「あ。なんかもうわかっちゃったかなぁ」
 と、少し表情を曇らせる。
「やっぱり冒険者さんには解るのかなぁ。うーん、見てもらうのが早いかな」
 自問自答しながら、彼女はワンピースのスカートの前側を両手でつまんだ。
 そしてキキさんの前で、そっとそれをたくし上げた。
 隠されていた彼女の脚が、顕わになる。
 その膝は、身体が人工物であることが明らかにわかる、球体関節になっていた。
「ボクは、身体を持たない存在なんです」
 少し間を置いてキキさんは聞き返す。
「人形の付喪神?」
「……違います」
 クークラの代わりにハクが答えた。
「この子は……私も詳しく説明を受けたわけではないのですが、身体を持たない魔導生物なんです。何にでも宿ることが出来るけど、何かにとり憑いていないと、消えてしまう」
「この身体は、ハクが国教会に頼み込んで作ってもらった人形なんだ。すっごく気に入っているから、もう随分前からこればっかり使ってる……使っています」
「……珍しい、体質ですね」
「驚かないの?」
「十分に驚いております」
「そうは見えないけど……。でもまぁいいや! ハク、速く行こう! あ……」
 言って、クークラはキキさんに向かって思い出したように右手を差し出した。
「よろしく!」
「こちらこそ」
 キキさんはその手を握り、握手をかわした。触れてみると、確かにその感触は人間の手ではなかった。
 手を離して、思い出したようにクークラが言った。
「あれ、そういえばまだ契約をしたわけではなかったんだっけ……」
「そうですね。でも、握手は無駄になることではありませんよ」
 言いながら、キキさんはこの奇妙な母娘に惹かれるものを感じているのに気がついた。
 

この記事へのコメント

  • yuki

    遂に主要キャラ登場ですね。
    ハクさんは弱音ハクさんそのままのイメージ。
    クークラちゃんは・・・バレてからの口調が変わってますね。
    身体を持たない魔導生物だから、性別は関係無いのかな?

    全4話各4章。ラストは決まっているのか、まだ大筋だけなのか。
    毎週更新は大変でしょうが、楽しみにしています。
    ・・・週末の笛吹き「ブラックウィドー」の続きも早よ!w
    冗談です。気長に待ってます。
    2016年02月17日 21:20
  • ロキ

    >>yukiさん

    コメントありがとうございます。

    そして、お察しの通り、ハクのモデルはまんま、弱音ハクさんです。やっぱりバレバレかぁ。
    ちなみに、ハクは仮の名前。本名は国教会に奪われて禁じられてしまっています。

    クークラは、性格は中性的なイメージ。身体がないので。その通りです。
    ただ、性格が身体に引っ張られるというか、女性的な身体に入っていれば女性的に、男性的な身体に宿っていれば男性的に振る舞います。

    ヘイムダルさんは……ちょっとまっててww
    実は、ウルズとフレイアのほうのネタもけっこう溜まっていたり……。
    2016年02月18日 07:15