小説『キキさんのアルバイト』 第二話 第一章

キキさんがアルバイトを始めてから少しだけ時間が経ちました。
キキさんの存在が、砦跡の生活にしっくりと馴染み始めた頃。
クークラのいたずら心が顔を覗かせます。
しかしキキさんは、そのクークラの性格に、魔法使いとしての素質を見出すのです。
そんな第二話の始まりです。
例によって、今回も結月ゆかり嬢の朗読データをアップします。投稿したE★エブリスタの方もよろしくお願い致します。




◇ キキさんのアルバイト 第二話 ◇
第一章:家政婦の弟子


01.

 キキさんがアルバイトを始めてからしばらくが経った。
 雪が降り、積り、やがて溶け始め、今は日に日に暖かくなる日差しの攻勢に対して、残雪が抵抗を続けている。砦跡に彼女が来てから、そんな季節の移り変わりが繰り広げられていた。
 キキさんの主な仕事場となる砦跡の内部では、しかしそんな気候の変化にはあまり影響されず、常に変わらない日々が続いていた。
 なにせ、砲撃にすら耐える頑強な作りのこの参謀本部は、その強さと引き換えに窓という物が一つもなく、外界の変化に目をつむったままなのである。戦争が終わり、任務を終えた参謀本部は、永劫の時を静かに眠っていた。
 しかし、中に住まう者達はそうもしていられない。
 生きている以上、快適に過ごしたいという欲求は当然あるもので、その上この砦跡の整備は、主人のハクにとって国教会から課せられた義務なのである。
 二人で住まうには広すぎるこの住居の中は、常に人が動いて片付けていなければ、すぐに湿気がたまりカビが生え、埃が積もって廃墟同然になってしまう。
 実際、キキさんが仕事をし始めた時、砦跡の内部は、あまりいい状態とはいえなかった。
 責任者のハクは、もともと掃除が得意でなければ好きでもなく、しかも多少散らかっていてもあまり気にならないという性格だった。
 さらに、前述の通り建物の内部には採光する手段がなく、ヒカリムシの照明も、あまり使っていない部屋では申し訳程度にしか灯されない。暗いおかげで汚れが目立たない。
 さすがに物だけは整頓されていたが、塵や埃が溜まっている部分は多かったし、何よりも混凝土の大敵である湿気とカビ、壁の黒ずみなどに、建物はかなり侵食されていた。
 キキさんのアルバイトは、これらの目立たない、しかし深刻な部分の見直しとメンテナンスから始まった。
 そしてそれは、キキさんの能力を持ってしても、整備が終わるまでに一冬かかったのである。
 バタバタとしていた冬も終わりに近づき、キキさんの存在も砦跡の中にしっくりと馴染み始め、生活のサイクルが安定してきた。
 今日は、三日間泊まり込みシフトの最終日である。
 手間のかかるカビの予防措置などは前日までに終わっており、今は各部屋の掃き取りや拭き掃除などを残すのみとなっていた。
 キキさんは普段と変わらない真面目さで仕事をこなしている。
 そして、その隣の部屋では、クークラがじっと、キキさんの魔法の力によりひとりでに動いているモップやはたきなどを観察していた。


02.

 クークラは好奇心が旺盛である。
 何にでも取り憑けるというその特性は、乗り移っているボディによって振る舞いや性格、そして能力を変化させるが、しかしその好奇心の強さだけは、どんな状態であっても変わらなかった。
 お気に入りの少女の人形を身体にしているクークラは、今、その好奇心を発揮させて、キキさんの魔法で動いている掃除用具達を観察している。
 よく動く。
 キキさんの指示はなくとも、ハタキは壁や棚の埃を落とし、箒と塵取りは一体となってゴミを掃き取る。
 そして円形の木板を、袋状に編んだ毛糸で包んだ、キキさん手製の特殊なモップが、仕上げとばかりに床を拭き取っていくのである。
 無生物が勝手に動いている。その光景が、彼女にはとても面白いものとして映り、目を離せない。
 例えば、進行方向に椅子などの障害物があると、円形のモップはその前で少し迷ったようにウロウロする。
 クークラがその障害を取り除くと、まるで喜ぶかのように勢いをつけてその場所を掃除し、そこが終わると礼でも言うかのようにクークラに近づき、つま先に軽くぶつかって方向転換し、またぜんぜん別の所を掃除し始めたりする。
 キキさんは、これらの動く掃除道具たちは、知性ではなく単純な判断によって動いているだけで、そこに意思があるように感じてしまうのは、自分たちになぞらえて物を見ているだけの話である、と言っていた。それは多分そうなのだろうが、しかしクークラはやはり掃除用具達に意思があるように感じてしまうのである。
 ただし、確かに「知性」はないのであろう。
 モップを見ても、それは盲目的に動いているのがわかる。知性があれば、おそらくは端から順に塗りつぶしていくように動くはずだ。それが一番効率が良いのだから。
 しかし円形のモップは、二度拭き三度拭きになるのも理解せずに、あたり構わず動いている感じなのだ。
 それとも、不規則に動くことに何か意味があるのだろうか?
 クークラはふと思い立って、また、子供らしいイタズラ心も手伝って、ちょっと試してみることにした。
 自分の部屋に戻って、以前キキさんに貰った毛糸玉を持ってきて、モップの毛糸に括りつけてみたのである。
 動いているモップを追いかけて抱え上げると、モップはイヤイヤするように震えてクークラから逃げたがったが、その動きにもクークラは何か愛おしい物を感じる。
 糸を付けられて放たれたモップは、しかし自分にそのようなものがくっついているとは理解できず、また前のように掃除を始めた。
 毛糸玉はクークラの手にあり、そこからどんどん繰り出されていく糸がモップの動きの軌跡となって残る。
「やった」
 クークラは、自分の思った通りの結果になって、小さく歓声を上げた。こうやってモップの動きを目で解るようにすれば、あるいはモップの動きの法則性や理由などが見えてくるかもしれない。
 しばらく時間が過ぎて。
 クークラは一つの結論に達した。
「やっぱりこの子たちは、考えて動いているわけではないんだ。とにかく、部屋を綺麗にするという命令を実行するので精一杯で、効率にまでは考えが及ばないみたい?」
 部屋中に広がった糸の軌跡を見ながら、彼女はまずそう考え、思わず独り言を言った。
「とりあえず、次にボクが考えるのは、この、モップや箒達を巻き込んで絡まった糸をどうするべきか。これだね」


03.

「それは難問ですね」
「うわぉ!!」
 イタズラの跡をどのように隠蔽するか、それを考えていたクークラの後ろに、気配もなくキキさんが立っていた。驚いたはずみで身体をビクッとさせるのは、魔導生物であっても人間であっても同じである。
「キ……キキさん……いつからそこに」
「クークラさんが部屋に戻って、毛糸玉を持ちだしていたのを見ていた時から、変な予感はしていたのですが」
 キキさんの表情は変わらないが、やはり怒っているようだ。
「あははは……ご……ごめんなさい……」
「ここが終わっていれば、今回の掃除もおしまいだったのですけど」
「……すみません、自分で片付けます」
「そうしていただければ助かりますわ……お手伝いはいたしませんので、そのおつもりで」
「はい」
 ピシャリと言われて、クークラはまず部屋に散らばって絡まった糸の片付けから始めた。
 手元に巻き取りながら、しばしば複雑にこんがらかった部分に頭を悩ませるが、しかしキキさんに貰ったものでもあり、その見ている前では、切ってどうにかすることも出来ない。
 悪戦苦闘するクークラを、キキさんは入口付近でずっと見ながら、ふと口を開いた。
「クークラさん、仕事をしながら聞いてもらいたいのですが」
「はい?」
 怒られるのか、もっと手際よくやれないのかと文句を言われるのか、そんな予感が頭をよぎり、クークラは身を固くした。
「モップの動きが不規則な理由ですが、それは自分の位置を検知する精度に関係があります」
「え?」
「手は休めないで下さいね」
「あ、はい」
「確かに、端から順々にやらせていった方が効率は良いのですが、この場合、ちゃんと拭いた跡を見て、すこしづつ重ねながら掃除をしていく必要があります。私やクークラさんならば簡単なことですね。しかし、わたくし程度の魔法技術で動かしたモップでは、この拭き跡をきちんと判断することができません。目という物がありませんし、自分の位置と動きの認識だけでは、そこまで高い精度で拭き跡を認識できないんですね。結果として、端からやらせていくと、拭き跡と拭き跡の隙間が拭き残しになってしまうのです」
「ああ、なるほど」
「それであれば、四方八方に走らせておけば、たとえ効率が悪くとも最終的には拭き残しを少なく掃除を終わらせることが出来ます」
 そういうことだったのか、と、クークラは思った。しかし、キキさん、どの時点から知っているのだろう。
「今度から、疑問があったら聞くようにします」
「そうですね、それが手っ取り早いといえば手っ取り早いのですが……」
 珍しく、キキさんが語尾を濁した。
「ええと?」
 クークラが聞き返すと、キキさんは少し迷いのある声で答えた。
「こう言ってはなんですが、わたくしとしては今回のクークラさんのイタズラには、少し感心しております」


04.

「え?」
「好奇心を持ち、疑問に思ったことを調べるため、自分でやり方を考えて、こうしてモップの動きを可視化されて。わたくしも、このような方法でモップの軌跡を表現できるとは考えたことがありませんでした」
「え……えへへ?」
「だからと言って、仕事の邪魔をしていい訳ではありません。手が止まってますよ」
「す……すみません」
「場合によりけりですが、わたくしとしては、クークラさんの好奇心と実証精神は悪いものだとは思っておりません。イタズラ心も、多少は仕方がないでしょう。これらは分かちがたいものですから。今回のことに関しても、安易に答えを聞きに来るよりも良かったのかもしれませんね。自分でモップの動きを確かめたことで、より理解を深めたでしょう?」
「今、身に染みてます」
「クークラさんの、その性格は、優れた魔法使いの素質でもあります」
 唐突に、思いもよらない言葉をかけられて、クークラは思わずキキさんを見た。
「ホント!?」
「このような話があります。ある魔法使いの弟子が、水汲みをさせられていた時に、師の魔法を見よう見まねで使用して、箒にバケツを持たせて水汲みを代わらせました。しかし術の本質を理解していない弟子は、箒を止めることが出来ず、魔法使いの家を水浸しにしてしまったという話です」
「うん……?」
「魔法使いの資質の一つに、魔法の本質を理解する能力が挙げられます。ただ答えだけを安易に求めるのではなく、疑問を持ち、自ら確かめようとする精神は、魔法使いにとって掛け替えのないものです」
 キキさんは、今度はクークラの手が止まっていることを注意しなかった。
「魔法に対する興味もあるように見受けられました」
「うん! ある、凄くある! キキさん、教えてくれるの!?」
「しばらく、ここで働かせていただいて、なんとか馴染むことも出来ましたし、すぐに辞めさせられる事もなさそうです。以前、少し話させていただいたのですが、ハク様もクークラさんの勉強になるのであれば、と、理解を示してくださいました」
 クークラは喜びが言葉にならないようで、キラキラとした目でキキさんを見た。
「空いた時間に限られますし、そもそもわたくしは魔法を本職とするものではありません」
「うん、でも」
「それにすぐに何かが出来るようになる訳ではありません」
「それでもいいよ。キキさん、すぐには無理でも、ボクもいつかはモップを動かせるようになる?」
「あれはあれでかなり高度な術ですからね。クークラさんの頑張り次第と言ったところでしょう」
「頑張る、ボク、頑張るよ!」
「では、今度来る時に、魔法について書かれた本を何冊か持ってきましょう。まずはそこからです」
 キキさんの言葉にクークラが頷いたのと同時に、ゴーン! と鉄を叩く音が階下から響いた。
 一階の正面入口のドアを、誰かがノックした音だった。鉄のドアと、それに取り付けられた金属製のノッカーは、重く響く音を砦跡の隅々まで反響させる。
「来客?」
 キキさんがここに来て初めて聞くノックの音だった。
「クークラさん、ここには、予定のないお客様が訪れることもあるのですか?」
「ああ、あるよ、一人だけだけど。多分、ゲーエルーさんだと思う。ハクはまだまだ工房から出てこれないだろうから、ボク、ちょっと行ってくるよ」
 絡まっていた糸をポイと捨てて、クークラは駆け出していった。
「あ、ちょっと……」
 キキさんは、糸が散らばり放題になっている部屋を見て、表情を変えずにため息をつく。
 そして、残された糸玉を手に取ると、一言二言それに囁いた。
 その声に応えるように、糸がするすると糸玉に戻っていき、絡まっていた部分もほぐれ、あっという間にキキさんの手の中に収まった。
「ここの掃除が終われば館に帰られたのですが、お客様とあってはそうもいきませんね」
 開けられていたヒカリムシ灯台にカバーを被せ、キキさんはクークラの後を追って部屋を出て行った。

この記事へのコメント

  • yuki

    遅れ馳せながら、第2話アップお疲れ様です。
    何から書いたものか・・・とりあえず。
    クークラちゃん可愛いです。
    好奇心旺盛且つ、利発な子供のするイタズラ・・・
    何をするか分からない心配もあり、何をするんだろうかという楽しみもあります。
    今後もキキさんを大いに悩ませてくれそうです。

    ところで。掃除は「もう少し普通のやり方を以って」と前回言っていたけれど。
    「アニメ―ト」の術は使ってるんですね。
    「シャドウサーバント」よりは簡単なんでしょうか?
    そんな術を使っても、整備に一冬掛かるとは・・・
    余程状態が悪かったのか、建物が大きいのか。

    それと一つ勘違いしていた事が。
    クークラちゃん、「魔導生物」と言うくらいだから、
    てっきり魔法の心得の一つでもあるのかと・・・。
    興味も示してましたし。
    どうやら興味だけで全く心得はない模様?
    今後が楽しみです。
    2016年03月06日 11:06
  • ロキ

    >>yukiさん

    コメントありがとうございます。
    実のところ、前回のセリフの流れがありながらアニメートを使っているのは、やっぱり説明不足だったかも知れないとは感じていました。

    砦跡は部屋数が多いので、キキさんはキキさんで普通に掃除をしながら、自律動作するルンバには別の部屋を掃除させておき、数カ所を同時に掃除して効率を上げている、という自分の中での設定になっています。

    キキさんの方がルンバよりもずっと掃除のスピードが早いし、クークラもそれを見てくれるかなと思っていたら、むしろルンバに興味津々になってしまった、という感じ。
    エブリスタに投稿する際には、このあたりの説明はもう少し加筆していこうと思います。

    ご指摘いただきありがとうございます。自分だけで書いていると、どこを説明するべきだったかがわからなくなっていく事があるので、本当に助かります。

    ちなみに。
    魔導生物は、魔導で作られた生物であって、魔法を使う生物というわけではない、という自分設定。
    この辺りは、閑話休題その3で説明できればと思っています。
    2016年03月07日 10:55