小説『キキさんのアルバイト』第二話 第二章

キキさんが帰ろうとした時に、来客がありました。
ハクの母親、魔王ミティシェーリの護衛を買って出ていた、氷の種族の剣士、ゲーエルー。
彼の話を聞く限り。
どうも氷の種族のヤンキーっぽいのが大挙して押し寄せたのが、戦争の理由になったようです。




◇ キキさんのアルバイト 第二話 ◇

第二章:魔王の護衛官



01.
 砦跡の一階。正面玄関から最も近くの、かつて実務室として使用されていた一室は、今は応接室に改装されている。
 キキさんが来てから一度も使われていなかったその部屋に、今、豪快な笑い声が響いていた。
 ソファの上座に座るのは、人間ならば四十代も半ばを過ぎた程に見える男性で、砦跡に着いた時に羽織っていたマントは脱ぎ、タンクトップに薄いズボンというラフな格好をしている。
 衣服は旅塵に塗れ、雑に切り揃えられた髪はボサボサだが、大きな骨格にムダのないしなやかな筋肉を誇り、ソファの後ろには使い込まれた長剣が立てかけられていた。その立ち居振る舞いから、かなりの使い手であることを、冒険者としてならした眼で、キキさんは見て取った。
 胸には、ハクと同じ氷の塊のような核が露出しており、氷結晶を繋いだ細いワイヤーの首飾りをしている。
 それまで使う機会のなかった応接室ではあるが、キキさんの仕事に隙は無い。
 いつ客が来ても良いように調度は整えられ、広すぎる室内はパーティションで区切ってある。来客用に用意された保存の効く黒ゴマ入りの乾パンとジャム、食料庫から持って来たチーズとサラダの軽食を、手早く作って差し出すと、ゲーエルーは目を丸くし、そして笑った。
「いや、驚いた。ここで、まさかこんな歓待を受ける日が来るとは思っていなかった」
「さようでございますか」
「今まで、嬢ちゃんのもてなしといえば、まぁ心は込めてくれたが、それ以外はひどいものだったからなぁ」
 言葉は荒いが、口調に不満げな響きはない。むしろハクへの親愛の情が感じられる。
「ハク様は、このような仕事に関する教育を授ける人に恵まれませんでしたから」
「うむ。それは解っている。だが、覚悟の上で来てみれば、どうだ、部屋は整って塵ひとつ無い。待たされもせずに出された食事は美味い。しかも応対してくれるのは別嬪さんときた」
 言いながら、ゲーエルーはまた嬉しそうに笑った。
「こりゃぁ、もっと頻繁に来ねばならんなぁ」
「ありがとうございます。そうして頂ければ、ハク様もきっとお喜びになりますわ」
「まぁ別嬪さん、座れ座れ。嬢ちゃんが氷結晶創りに篭っているのでは仕方がない。ちょっと話し相手になってくれ」
 では失礼致します、と、応えて、キキさんはゲーエルーの向かいのソファに腰掛けた。
「キキと申します。先年より、砦跡のハウスキーパーとして使って頂いております」
「ゲーエルーだ。ミティシェーリの姐御の護衛役を自認していた」
 互いの名乗りが終わった時、三つのグラスとジュースの入った水差しを盆に乗せ、クークラが戻って来た。
「お久しぶりですゲーエルーさん。ジュースを持ってきました」


02.

「どうにも独り身だと、誰かと話せる機会というのが嬉しくてね、別嬪さん」
「キキです。……ええ、わたくしとしても、ハク様のお母様の話を聞けるというのは、貴重な機会だと思いますわ」
「ボクも、ゲーエルーさんの話は好きだよ。外のお話は本当に面白いもの」
「そうかい、そうかい。嬉しいねぇ。さて、じゃぁ……」
 ゲーエルーは、自分の来歴を話し始めた。
 ハクの母ミティシェーリが、「北の地」で氷結晶を作り始めたのは、最初は趣味のようなものだった。しかし氷結晶には人を魅了する美しさがあり、特に若くて粋がっている奴らがその虜になった。
 オレはその頃からミティシェーリの姐御とよくつるんでいた遊び仲間の一人だった。
 あの頃は、若かったね、オレも姐御も。仲間たちも。
 そのうちに、氷結晶を持っていれば、暑い気候の「下の大地」にも降りられることが解った。その頃には既に、かなりの数の若者が氷結晶を手に入れていた。
 若かった俺達は、それ相応に好奇心が強かった。
 せっかく得た力だ。使わねば損だと、皆が思った。
 氷結晶に上せるようなヤツらはいくつかの勢力に分かれてて、まず最初にオレたち、姐御が中心となっているグループが、下の大地に降りることにした。
 大人たちは反対したよ。そもそも、氷結晶の流行に対してもいい顔をしていなかった。今ならその気持も解る。なんせ、結果も結果だったから、余計にそう思う。しかし、当時のオレたちは、大人なんて枯れて萎れていくだけの盛の過ぎた花だと嗤った。大人たちが行くなと言えば、むしろ積極的に出て行く、そんな空気だった。
 姐御は、陽気でノリが良くて、そう、娘の嬢ちゃんとは正反対の性格だった。別嬪さんも、冷徹残酷な魔王としてのイメージをまさか信じているわけではあるまい。あれは国教会が自分たちを正当化するため広げたものだ。
 とにかく、姐御は陽気で美人で頭が良かった。氷結晶の作り手という事もあったが、本当に凄い人気だったし、その人気にちゃんと応えもした。カリスマだったんだ。
 オレはグループでも若い方だったが最古参で、しかもケンカが強かった。馬鹿みたいに強かった。頭は悪かったがな。
 姐御にのぼせ上がってバカをやる連中も少なくはなかったから、北の地に居た頃から、オレはその護衛役を買って出ていた。結構、重宝されていたんだぜ。おかげで、周りの崇拝者たちからも羨まれる立場に居た。なんせ、常に姐御の側に付き従っているんだからな。
 しかし、娘の嬢ちゃんは可哀想だったかもしれん。
 下の大地に降りたのは多くが姐御に惹かれて寄ってきた若い連中だ。若いっても、嬢ちゃんのような子供ではなかったし、とにかく嬢ちゃんには同じ年くらいの友人がぜんぜん居なかった。
 しかもその後、オレを含めた若いのがバカをやらかして、下の大地の人間たちと戦争状態になった。
 皆が刺々しくなっていく中で、戦火に怯えながら幼少期を過ごす事になったんだ。嬢ちゃんの、引っ込み思案で無口で一人を好むあの性格は、姐御とは正反対だ。
 しかし、それも仕方のないことだろうと、オレは思う。


03.
 クークラがグラスに注いだジュースを一息に飲んで、ゲーエルーは続けた。
 姐御は、とにかく娘の嬢ちゃんと過ごす時間を取ることが、どんどん難しくなっていった。なんせ下に降りたら難しい問題がいっぱいだった。大人しくしろって言ったって、もともとが粋がっていた若いのばかり。問題を起こす奴はどうやったって起こす。その上、別のグループも下に降りてきていて、連絡すらままならないそいつらが起こした事件を、こっちのせいにされて攻められたりもした。
 挙げ句の果てが全面戦争だ。
 もちろん、下の大地の人間たちにしてみれば、オレたちは災厄だったのかもしれないが、オレたちにとっても辛いものがあったんだぜ。
 姐御はそんなのをまとめるために精一杯で、娘との交流が出来なかったんだ。
 嬢ちゃんがどう思っているかわからないが、姐御はそれは後悔していた。心底、後悔していた。オレも相談を受けたから、それは本当だ。
 だから、そういう意味では嬢ちゃんが氷結晶を作る能力を受け継いでいてくれてよかったよ。氷結晶作りの手ほどきであれば、姐御も嬢ちゃんとの時間を作ることができた。周りが納得しやすかったからな。
 嬢ちゃんは、今、氷結晶創りで工房に篭っていると聞いたが、邪魔してはいけないとオレは思う。
 あの娘の創った氷結晶は、オレも一度見せてもらったことがある。
 氷結晶としての質は姐御のそれと同等。美術的な仕上げは、姐御が逆立ちしても敵わない位の上を行っている。作成スピードは姐御の方が数段上だったが、今は戦時中ではないから、それはそれで良いと思う。
 あの仕上げの丁寧さは、氷結晶創りが心から好きでなければ無理だろう。
 オレは思うんだ、別嬪さん。
 あの娘は、氷結晶に、母への想いを込めているんじゃないかと。
 いや、そうじゃなければ姐御が可哀想な気がしてな。
 姐御は、娘に恨まれても仕方がないと言っていたが、その時の泣きそうな姐御の顔を思い出すと、やっぱり嬢ちゃんには母親のことを想ってやってほしいんだ。
 まぁオレは嬢ちゃんよりも、やっぱり姐御の方を近く感じるから、そういう考えになってしまうんだがな。
「そう言えば……」
 と、ゲーエルーは話題を少し変えた。湿っぽくなったのを嫌ったのかもしれない。
「別嬪さんは、どんな理由でここで働くことになったんだ?」
「キキでございます。……そうですね、自分は最果ての森に住んでいるのですが、近くの街にブレイブハートというバーがございまして、そこのマスターの口利きで紹介していただきました」
「最果ての森とは、また遠い。近くの街ってのは、カニエーツかい?」
「その通りでございます」
「カニエーツのブレイブハートか……」
 キキさんの答えを聞いて、ゲーエルーは苦い顔をした。
「ゲーエルーさん? どうしたの?」
 不思議そうにクークラが聞く。
「ああ、クークラは知らんかもしれんが、あそこは戦争中期の激戦地でな。今でこそただの辺境だが、それまでは勝ち続けていたオレたち氷の種族が、初めて負け戦を経験した土地で、そこからあの戦争は逆転されていったんだ。それに、ブレイブハートって……」
「? 勇者?」
「そうだ。あの街は勇者の出身地で、初めてヤツが頭角を表した戦いでもあったんだ」


04.
「ゲーエルーさんは、勇者を見たの?」
「見たさ。オレもあの戦いには参加していたからな。いや、見たなんてもんじゃない。剣を交えた」
「ホントですか?」
 クークラはもちろん、これにはキキさんも驚いた。カニエーツの戦いは、国教会でも最も重要視する歴史の一ページである。そこに参戦していたとは。
「勇者って、ハクのお母さんを殺した人でしょ? どんなだったの?」
 クークラの問いに、ゲーエルーは答える。
「国教会の歴史書では紅顔の美少年として描かれているが、あれも嘘だ。年端の行かない少年だったが、その割には毛深くて筋肉質でオッサン臭い……なんというか、熊みたいな感じのヤツだった」
「強かったの?」
 何気ないクークラの質問に、ゲーエルーは身震いした。
「ゲーエルーさん?」
「……強かった。あれは……強かったとしか言いようが無い。カニエーツとこの砦で、二度ヤツとは撃ち合ったが、オレの首が今でもくっついているのは、オレが強かったからじゃない。運が良かったからだ」
 どう考えても勇者を憎んでいるだろうに、その点は素直に認めるのか……と、キキさんは思った。勇者とは、やはり半端ではないモノを持っていたのだろう。
「カニエーツで生き残った後も、オレはずっと姐御の護衛をした。最後には追いつめられて、生き残った他のグループの奴らと合流してここにあった砦を改修し、立て籠もった」
 ゲーエルーは、少しトーンを下げて、続けた。
「それも負けて、仲間たちは殆どが殺された。勇者が、砦に潜入して姐御を討った。オレはそれを守りきれなかった」
 キキさんとクークラは無言で聞いていた。
「姐御を討たれたら、オレたちはもうまとまることが出来なかった。それでも、やっぱりオレは運だけは良かったんだな。なんとか包囲を切り払って脱出し、北の地に逃げ帰ろうとした。だが、大人たちは下の大地に降りた若いのを受け入れなかった。災厄を北の地にまで及ぼすのを許さなかった」
「……だから、今でも逃亡を続けているんですね」
「ここを落ち延びたのは少数だが、皆、あれからずっと下の大地を逃げまわっている。国教会から指名手配されているし、専門の追手が放たれているから、なかなか気が抜けん」
 だがな、と、湿っぽくなった空気を再び振り払うように、ゲーエルーは笑った。
「国教会、あれは弱体化してきたな。下の大地の人間たちは、オレたちに比べて遥かに寿命が短い。あの戦争当時の記憶を持つ者ももう生存していない。オレを追い回すヤツらも、代替わりする度に質が落ちていく。それに……」
「それに?」
「嬢ちゃんが創っている氷結晶。その管理はすべて国教会がやっているが、あれは単に王族や貴族に売りさばいているだけだ。税金と喜捨以外でも金をかき集めていやがるんだ。金と欲に塗れれば、組織なんて腐敗して自壊していく」
 しかしそれは、ハクにとっては悪いことではないのかもしれないと、キキさんは思った。
 氷結晶の需要が増えれば、それだけハクの発言力は上がるはずだ。
 しかし。
 国教会が、もし弱体化を続けたら。
 果たして、給料の支払いはどうなるだろう? 賃金は、ハクからではなく国教会からの払いになっているのだが。

 ゲーエルーは、一泊だけして去っていった。
 それと入れ替わるように、ハクが工房から出てきた。疲労困憊してフラフラの状態だった。
 キキさんが、ゲーエルー氏が来ていたと告げると、ハクは笑って言った。
 あのおじさん、悪い人ではないのだけれど、捕まったら話が長いから。
 それに。
 人の名前を呼んでくれない。いつまでたっても嬢ちゃんって言う。
 キキさんは、苦笑いしながらそれに同意した。
 ハクを寝かせつけ、看病のための体制を整えてクークラにバトンタッチすると、これでやっとキキさんも帰るだけになった。
 主義に反して、二日間の残業をしてしまった。
 超勤手当は出るのかしら、と、キキさんは思った。

この記事へのコメント

  • yuki

    第二話第二章のアップお疲れ様です。
    例によって遅れ馳せながらのコメントですが。;

    森の中にある岩砦に、わざわざ出向く人物・・・どんな人物かと思ったら。
    意外にも、超フレンドリーなオジサマだった・・・。
    ハクの性格を考えると、もっとこう、落ち着いた人物かと。
    ハクよりミティシェーリの方を近く感じると言うゲーエルーさん。
    もし、ハクが勇者から与えられた偽りの名ではなく、本当の名を名乗れる日が来たのなら。
    その時は「嬢ちゃん」ではなく、名前で呼んでくれる気がします。

    ふと疑問に思ったのですが。
    幼少期に母と一緒に「下の大地」に降りてきたハクさん。
    父は「北の大地」に未だ残ったままで、岩砦に幽閉中のハクさんには連絡を取る術が無い状態・・・なのでしょうか?
    あと、キキさんが岩砦に訪れた日に感じた視線・・・クークラちゃんでは、無い、ですよね?
    それとゲーエルーさんが語った勇者の像。ブレイブハートのマスターを連想したのですが・・・どうなんでしょうね?
    そこは今後に期待と言う事で。

    「E★エブリスタ」について。
    「もくじ」が「第1章」のみになっており、全頁に渡り右上に「第1章」と書かれているのですが・・・。;
    1ページ目に「第1話」ではなく、「第1章」と書かれていますし。
    「第一章キキさん、アルバイトを志す」
    「第二章BAR.ブレイブハート」
    「閑話休題1キキさんに関して」
    ・・・という感じで目次になっていてくれると読みやすいのですが・・・ミス?
    2016年03月10日 23:17
  • ロキ

    >>yukiさん

    コメントをいただきありがとうございます。
    伏線を色々と見ぬかれているような……。

    ゲーエルー氏にとってハクは、尊敬する年上の女性の娘。愛情はあれど、やっぱりミティシェーリの方が彼には近い存在です。

    ハクの父親に関しては、この話と関係がないので、設定そのものが出来ていません。
    考えているのは、
    1.ミティシェーリがシングルマザー。下に来た時には既に旦那との連絡がまったく取れない状況だった。
    2.そもそも氷の種族は「北の地の風雪が形を持った存在」なので、繁殖の仕方が人間と違う(男女で子供をなすわけではない)、の2つを考えています。

    視線は……また、そのうち。

    そしてブレイブハードのマスター。
    これはこの後、話に絡んでくるわけではないので、ここでだけそっと話すと。

    あのマスターはイコールで勇者です。

    「勇者=バーのマスター?」を思わせる伏線をしばしば出して、作中では特のその答えを出さない、という形式で行こうと思っています。
    実はマスター、歳のとり方が普通の人間とは違うのですが、それは「勇者だから」というだけのザックリ設定です。

    エブリスタの目次や章に関しては、ごめんなさいと言うしかありません。

    投稿した時、どういう形式でやれば良いのか解らず、文章を一括で投稿したら、あのような形になってしまいました。

    他の方の作品を見て、どのようにすべきかやっとわかってきました。

    ちゃんと目次と章分けをし、ページの始まりを01.などの単元から始まるようにし、ついでに「簡単な魔王殿一階見取り図」を挿入しようと思っています。

    あ、あと。
    ラストにキキさんが「超過勤務手当」を気にしていますが。
    彼女は、別にがめついというわけではなく、そういうところはキチンとしないと嫌という性格なので、あしからずよろしくお願いします。
    2016年03月11日 11:01