小説『キキさんのアルバイト』第二話 第三章

 ドライでクールな性格を気取るキキさんですが、一度想いを寄せた相手には、意外と尽くすタイプだったりします。ただ、自分ではドライな性格だと思っているので、相手のお願いに対してちょっと面倒くさい態度を取ったりもします。
 書いていて思いましたが、これってつまりツンデレという事……でしょうか?
 それはともかく。そんなキキさんのアルバイト、第二話第三章をお送りします。



◇ キキさんのアルバイト 第二話 ◇
第三章:大気に満ちる魂


01.
 自分の館の掃除は、一日で終わってしまった。
 先日、氷結晶を作ったため疲労困憊してしまったハクを寝かせつけて、看病の体制を整え、後をクークラに任せて帰るだけになった時。
 ハクは、超過勤務の二日分を公休で振り替えるようにと、キキさんに言った。
 本来の公休は二日。さらに二日増やして四日。
 館の掃除は終わらせてしまったし、他に特別やっておきたいことも無い。そのため残りの三日間は完全にフリーになった。
 それならばと、キキさんは趣味の機織りをするために織り機に向かってみたが、どうも調子が出ない。
 集中できない。
 ハクとクークラのことが気になるのである。
 クークラは、氷結晶を作った後に疲労困憊状態に陥るハクを、今まで一人でちゃんと看病してきた。
 だから心配するほどのことはないし、自分は所詮アルバイトのハウスキーパー。業務外のことまで背負い込む必要はない。
 そもそも仕事と休暇はきちんと分ける。それが自分の性格であり、やり方だ。
 そうは思うのだが、感情はまた別である。どうしても二人が気になった。
 キキさんは、モヤモヤしたまま過ごすのが、実は人一倍苦手である。
 自分の「やり方」に従えば、普通にあと三日間休めばいい。しかしそれだと心の引っ掛かりが取れない。
 休みを返上して職場に行くのは、キキさんの仕事の美学に外れる。でもそうすれば、恐らくこのモヤモヤは晴れるだろう。
「だったら、ウダウダしていないで、やることを決めるべきよね」
 オフの素の口調でひとりごち、明日、出勤することに決めた。超勤は、もうサービス残業と割り切ろう。
 そうとなれば、明日の用意だ。
 キキさんは機織りをやめ、仕事の準備に取り掛かった。
 床を掃除するための、アニメートで動かす専用の丸い木板とそれに取りつけるモップを幾つか。自分が使うための箒やはたきなどの掃除用具。それらを用意して、詰められるものはカバンに詰めて。
 それから。
 キキさんは、館の中の書庫に向かった。
 そこには、マスターや仲間たちと共に集めた膨大な書籍が保管されている。
 クークラと約束した、魔導に関する書籍を探す。とにかくアニメートに興味があったようなので、それに関連する事柄が書かれた本を、時間をかけて選別していった。
 付喪神に関する研究論文。「大気に満ちる魂」に関しての基礎的研究書の選集。キキさんが手ずから書いたアニメートに関するメモや覚書の寄せ集め。死者と魂と生物と無生物の関係を記した書籍。戦時中にアニメートを使い「下の大地」の軍勢を苦しめた氷の種族の術師の本。
 どれも簡単な書ではないが、そもそも初心者向けの魔道書など存在しない。クークラがこれらを読み、理解するまでにどれだけの期間がかかるかは分からないけれど、努力するにも指針が必要だ。これらの書は、きっとクークラを導いてくれるだろう。
 初めてアニメートを使いこなした時のこと。マスターに褒めてもらったこと。魔法の本質を理解せず失敗した時のこと。キキさんはそんな思い出を頭に浮かべながら、深夜に至るまで本の検索と選別を進めていった。


02.
 寝不足。
 しかし通常の出勤時刻に遅れること無く、キキさんは砦跡に入った。
「え? キキさん?」
 ハクの寝ている部屋をノックすると、驚いた声を出してクークラがドアを開けた。
「おはようございます」
「お……おはようございます。……? あれ? 今日は休みじゃ……?」
「流石に、ハク様が寝込んでいるのを放っておくわけにも行きませんので」
「あ……ありがとうございます」
 ハクは、ベッドに臥せってはいたが、眼は覚ましていた。
 キキさんが部屋にはいると、びっくりしたように上体を起こそうとする。
「ああ、そのまま寝ていてください、ハク様」
「え? あ、じゃぁ……」
 ハクは言われるままに、また伏せた。
「お休みを頂いておりましたが、心配でしたので出てきました。ご迷惑ではないですよね?」
「ええ、ありがたいです。私は寝ているだけなので、クークラにも休むように言ったのだけど、あの子も強情で」
「ボクは別に強情じゃないよ。ハクを放っておいてもどうせ気になるんだから、ここに居るだけ」
 クークラの、いかにも「心外だ」と言わんばかりの口調に、ハクは笑いで応えた。
「今日は掃除をする必要はないと思いますので、わたくしも看病の力添えに回りますわ。……それとクークラさん」
「はい?」
「先日、お約束したアニメートに関する書籍を持ってまいりました」
「あ? ホント!?」
 クークラが嬉しそうに声をあげる。
「こちらになります」
 キキさんが、今日は肩にかけていたボストンバッグから何冊もの書籍を取り出した。
 クークラが一冊を手に取り、パラパラとめくってみるが、段々と意気消沈していくのが解った。
「何がなんだかよくわからない……」
「パッと見で理解されたら、それこそわたくし、腰を抜かしますわ」
「そういうものなの?」
「クークラさんが、今日持ってきた書物をすべて読んで理解されるまで、どれだけの期間がかかるか見当もつきません」
「そっか……」
 クークラは少し残念そうに応えた。
「キキさん」
 ハクが、ベッドの中から呼びかけた。
「なんでございましょう?」
「もしも時間が許せば、その書物の内容をクークラに解説してあげることは可能ですか?」
「それは……無理というわけではございません」
「では、どうでしょう。もしも仕事の時間を短縮することができたら、その時間をクークラの勉強に当ててくださいませんか?」
「おっしゃることはわかりますが、わたくし、残業はしない主義で……」
 キキさんは解決策を考えようとしたが、ハクが言葉を連ねた。
「ええ。それは伺っています……私に、ちょっとした考えがあるのです」
「というと……?」
「もう少し、考えをまとめてから。その時に改めてお願いします」
「はい」
「ねぇキキさん……」
「何でしょうクークラさん」
「この本のタイトルにある、『大気に満ちる魂』ってなに?」
「そうですね。それは付喪神という現象や、ひいてはアニメートという術を理解するのに非常に重要な概念なのですが……ちょうどいい折ですし、アニメートという術の基本的な考え方だけでも、お伝えいたしましょうか」
「うん!」
 キキさんの言葉に、クークラは手に持った魔導書を胸に押し当て、目を輝かせた。


03.
 ハクは今度こそベッドに上体を起こし、クークラは部屋の隅の机からイスを引っ張りだしてベッドサイドに置いて座った。
 キキさんは、小さなテーブルセットに腰を下ろして、二人に向き合った。
 頭の中で話すことをまとめる。
 大気には、魂が満ちています。
 と、キキさんは話し始めた。
 生き物が死ぬと、その小さな魂は身体を離れ、大気をたゆたいます。一人の小さな魂は、大気に満ちる大きな魂に、ゆっくりと練りこまれるように同化していきます。
 様々な魂を同化させた、その大きな魂は、個々の自我を持ちません。
 そうですね、例えて言うならば混ざった絵の具のようなものです。赤も青も、本来は自分たちの色を持っていた物が、全て混ざって個々の色を失ってしまった絵の具のような。
 大きな魂には、ムラがあります。濃淡もあります。
 大きな魂の密度が濃厚な地帯もあれば、薄い土地もあるし、小さな魂も均一に交じり合うわけではありません。
 それはともかく。大気には、魂が満ちているのです。
 この大気に満ちる大きな魂は、ただ小さな魂を吸収するばかりではありません。
 時に……いえ、世界中全てを俯瞰することが出来れば頻繁に。大気に満ちる魂はその一部を物質に分け与えています。あるいは、物質が魂を引き寄せています。
 それが、年経た器物に宿れば、それは付喪神となります。
 あるいは、「北の地」の風雪と混じり合えば……。
「氷の種族になる?」
「そうです。ハク様たちの一族は、そのようにして形を成したものです。わたくしも」
「キキさんも?」
「わたくしも、生まれた時のことは覚えておりませんので、これは自分の主人たちとの推測になるのですが、悲しみの中で死んだ何人もの子供たちの魂が、強い負の感情のため大きな魂と混ざりあえずにたゆたった末、鶏や狼、ボルゾイ犬、吸血鬼の牙、捨てられた衣服のような物質と集合し、わたくしが生まれたのではないかと」
「大気に満ちる魂は無くならないのですか?」
 ハクが不思議そうに聞いた。
「大きな魂の全てを観測することに成功した者がいないので、その増減を知ることはできません。ただし、大きな魂と小さな魂の総量は、常に増えているのではないかと考えられています」
「それはなぜ?」
「人間を含めた動物の存在があるからです。彼らは魂を分け与えられて生まれてくるのではありません。自ら魂を持って生まれてくるからです」
「それらの魂も、死んだら大きな魂に吸収される……?」
「ええ、ですから推論として、大気に満ちる魂の総量は常に増え続けているのではないかと」
「キキさん。悲しみの中で死んだ子供の魂は、大きな魂とは混ざらないの?」
「激しい感情や、強い意志をもった魂は、他とは混ざりにくいようです。ただし、同じ感情を共有した小さな魂同士は、大きな魂の中で引かれ合い、独自に混じっていくようです。だから大きな魂は、決して均一の状態ではないのです」
「じゃぁ、強い意志を持って死んだ人の魂が、混ざる前に何か別のものに宿ったら、それは生まれ変わりのようなことになるの?」
「分かりません。なぜならば、それほど強い意志を残した魂を、わたくしは見たことがありませんから」
「これってつまりアニメートというのは……」
「クークラさんならば、もうお察しではないのですか?」
「……大気に満ちる魂を、無理やり物品に宿らせる術……」
「ご名答でございます。もっとも、無理に憑依させるので、しばらくすると魂は離れ、元の無生物に戻ってしまうのですが」


04.
 そこまで話した後、ふとキキさんとクークラが顔を上げた。
「?……どうしました?」
 二人の動きに、ハクが首を傾げる。
「スヴェシが来た……」
 クークラが呟いた。同時にキキさんも
「大気に満ちる魂が敵意を持っています」
 と、言った。
「この砦の周りの大きな魂の中には、多少異質なモノが混じっています。普段はそれほど感じられないのですが、砦跡に近づく者に反応して、それを観察している気配があります」
 初めて砦跡に来た時、自分を検分するような視線を察したことがある。キキさんは確かにその存在を感じとっている。
「理屈はわからないけど、スヴェシのヤツが来るときはいつもこんな、イヤな感じがするんだ」
 クークラは、スヴェシという人物に対する不快感を隠していない。
 しかし、クークラは自分と同じモノを感じ取っているのだろうか? と、キキさんは思った。本能的に大気に満ちる魂の動きを感じているのであれば、それはアニメートという術との相性が非常に良いと言えるのだが。
「それが本当なら、今年は早かったですね」
 ハクはまだ少しふらつきながらベッドから降りた。
「クークラ、あなたは自分の部屋に居なさい。あの方の前でそのような態度を見せては問題になります。キキさんは、以前話していた通り、応接室を賓客対応にしておいて下さい。すみません、本当は次のシフトの時にゆっくりやってもらおうと思っていたのですが……」
「いえ、ちょうど今日、出勤していたのは幸いでした。早速仕事に取り掛かります。ハク様は?」
「私はスヴェシ様をお迎えして、まずは会議室へ入ります。報告義務のある事柄を、書類提出と同時に行いますので、少し時間がかかります。その間に、応接室の準備をお願いします」
 ハクが指示を出し終わったのと同時に、鉄の扉をノックする音が砦内に響き渡った。
 そこから、事態は慌ただしく動いた。
 ハクが国教会の司祭スヴェシを迎えに行き、共に会議室に入ると、キキさんは応接室の準備を始めた。
 応接室を賓客対応にするとは、ソファーを片付け、ディナー用のテーブルと椅子を用意し、かつ正式な形の饗応の準備をするということである。
 報告業務に時間がかかるとハクは言っていたが、これは全速力で行わなければならない。
 キキさんは、砦跡に来て二回目となるシャドウサーバントの術まで使い、全力でコレを終わらせた。
 国教会からの査察が春に来るとは聞いていたが、まだ冬も明けきっていない時期だ。ハクも油断していたのだろう。予定の立っていないバタバタした仕事は、キキさんの望むところではない。
 眠くなっても来た。
 今年は仕方がないが、来年は例え時期を外してきても対応できるよう、準備をしておこう。
 晩餐として出すための酒を用意しながら、キキさんはそう心に誓った。

この記事へのコメント

  • こんばんわー。
    今回の魂の考え方のお話、なんかすごく個人的に好きです。
    自分も似たような考え方をしているので、なおさら面白かったのかな?

    ほんと良い作品に出会えて感謝です!
    2016年03月16日 22:08
  • ロキ

    >>朔さん

    ありがとうございます。
    好みにあっていたようで、嬉しいです。

    日本では、山中他界観のような、死んだ人の魂が同じ世界に留まって子孫を見守っているという考え方があったので、それに近い感じなのかも……などと思ってもいます。

    なんて格好良い事も考えてみましたが、実際には付喪神とかアニメートの原理っぽい事を「ファンタジー理論」で説明するための設定だったりもします。

    FF7の「ライフストリーム」の設定と同じだなぁと、このコメントを考えながら思い出したりもしていました。
    2016年03月17日 08:28
  • yuki

    第二話第三章アップお疲れ様です。

    ハクの仕事時間短縮の秘策?と、国教会の司祭スヴェシの来訪・・・。
    年に一度、ハクの心を折りに来るというアレでしょうか。
    ん?来るのは司祭じゃなくて司教だっけ??
    祭祀の前に、司教の下っ端が様子見に来たって事でしょうか。
    どちらにせよ、波乱の予感です。

    大気に満ちる魂・・・キキさんが砦跡に来た時に感じた視線の正体はそれだったんですね。
    多少異質なモノが混じってるのは、最後の砦とも言えたその場所で亡くなった氷の種族の地縛霊的な魂なのでしょうか。

    今回の話を読むまでは。
    「氷の種族」は「風雪が形を成し、生命を宿したとされる種族」
    「個々の戦闘能力が非常に高い」
    「ブリザードを吹かせる能力」
    この辺から、高い魔力を持った人物なら、形を成す前の風雪に意識を乗せて、なんかこう、千里眼的な能力も使えたりするのかな・・・みたいな。
    岩砦を見守る第三者がいるのかな~・・・と。

    今回の話を聞いた後だと・・・「強い意志を残した魂」という可能性もあるのかな、なんて。

    なんにせよ。こういう考え方のお話は好きです。
    2016年03月17日 19:01
  • ロキ

    >>yukiさん

    いつもありがとうございます。

    そしてまず謝ります。
    ……ゴメン、スヴェシはハクの心を折りに来る司教やねん……。
    ……間違ったやねん……。

    そして、朗読データの問題があるので、例え一言一句でも直すに直しにくいねん……。

    エブリスタ投稿時に修正します。

    大気に満ちる魂の中の異質なモノに関しては、さすがに今回はネタバレ無しの方向で。この辺りは、設定というより話の演出に関わるので。
    楽しみにしていてもらえればと思います。
    2016年03月17日 20:51