小説『キキさんのアルバイト』第三話第一章:ある夏の日

 やっと後半に入ってきたキキさんのアルバイト。
 今回は、キキさんが昔のことを回想します。作中では二十代も終わりか三十あたりかという「見た目」のキキさんですが、回想の中、マスターに頭を撫でられているキキさんは、ロリキキさんとしてご想像下さい。
 そんなキキさん第三話の始まり。キキさんが居ることが「当たり前」になっている砦跡。
 お楽しみいただければ、と、思います。







◇ キキさんのアルバイト 第三話 ◇

第一章:ある夏の日


01.
 キキさんが砦跡に来て、スヴェシと顔を合わせた回数を数えるに、両手の指では足りなくなってきた。
 短くない年月だが、彼女たちの時間感覚は人間とは違うとだけ記しておく。
 季節は夏。
 冬の間は主に参謀本部の中の仕事に終止するが、雪が溶けた後は砦跡全体を見ることになる。
 砦跡とは、狭い意味では住居としている参謀本部のみを指すが、本来は迷いの森の中にあるクレーター状の土地全体を意味する。
 クレーター内部には、崩れた尖塔や壊された城壁、未だに残る城門跡のアーチや、戦後に作られたハクの工房、あるいはそれらを結ぶ道、そして隙間に作られている畑などがある。
 陽が登り切っていない早朝。空気はまだ温まっておらず、清々しい涼しさを感じられる。
 キキさんはクークラと共に、参謀本部の裏庭でもある整備された運動場にいた。
 元は瓦礫に埋もれていた場所だが、それらを取り除き、十分な広さを持つ楕円形のトラックとして整地したものである。
 キキさん一人では瓦礫を除けるほどの力を持たなかったが、クークラが大きな土塊の人形に憑依し、重い瓦礫を取り除いてくれたお陰で、完成した。
 運動場の脇に置かれた椅子に、クークラお気に入りの少女の人形が座っていた。
 身体に力はなく、眼には光がない。
 魂の無い、ただの人形だった。
 その横には、金属製のフックが取り付けられた木の柱が立てられている。
 人形の虚ろな視線の先、トラックの中央辺りに、二つの人影があった。どちらも手には長い棒を持っている。
 対峙した二人は、一礼をしたのち、棒と棒を打ち合わせ始めた。
 それは、あらかじめ互いの動きを確認して行われている、演舞だった。
 人影の片方……キキさんは、仕事着としている厚手のブラウスとロングスカートではなく、黒っぽい半袖のシャツに動きやすいズボンを履いている。ボルゾイ犬の尻尾がズボンに開けられた穴から出され、長い髪と共に動きに合わせて跳ねていた。
 もう一つの影は、様々な古い鎧をアンバランスに組み合せた物。
 クークラだった。
 瓦礫から掘り出した壊れた鎧を組み合わせて身体にしていた。
 二人の演舞は、動きに全く迷いがない。
 キキさんは冒険者だった頃から棒を使い、幾つもの修羅場を乗り越え、今でも毎朝鍛錬を欠かしていない。その経験に培われた動きだ。
 そんなキキさんを見て、自分にも教えてほしいとクークラが言い出したのが数年前。それがそもそもこの運動場を整備したきっかけでもあった。
 棒を打ち合い、躱し、走り、飛び退り、あるいは飛び込み、最後は互いの喉元に棒の先端を付きつけて演舞は終わる。
 クークラは数年でその動きをモノにしてしまった。
 二人は距離を離して立ち、礼をして再び構える。
 今度は演舞ではない。本気の打ち合いである。
 見る者が見れば、二人の間の空気が張り詰めて行くのが分かっただろう。
 しかし、勝負は一瞬でついた。
 裂帛の気合を込めて、鋭い動きで突きを放ったクークラの攻撃を、キキさんは棒でいなしながら躱し、一連の動作で鎧の脚をすくう。
 仰向けに転倒したクークラは身を起こそうとしたが、その隙を与えずキキさんの蹴爪と鱗を持った脚がクークラの肩を踏みつけ、棒の先が喉元に付きつけられていた。
 その形のままで、一瞬時が流れる。
「参った」
 クークラは、状況を覆すのは不可能と判断し、負けを認めた。


02.
「……まだ勝てないのか……残念だ……」
 礼をし、鍛錬を終えた後。
 野太い感じの声でそう言いながらクークラは、トラックの脇にあるフック付きの柱に自分の首を後ろから引っ掛けた。完全に固定されると、次の瞬間には鎧から精気が消え、手脚がガシャリと音を立てて力なくたれ下がった。
 そして隣の椅子に座っている人形が、まるで眠りから醒めるかのように眼を開けた。
「まだまだ鍛錬が足りないかなぁ」
「冒険者時代から練習と実践を重ねた技でございます。そうそう追い抜かれるわけにはまいりません」
 キキさんは涼し気な表情で答えたが、実のところ内心はヒヤヒヤしていた。今日の打ち合いも、一つタイミングを誤ったら、と思うと冷や汗が出てくる。
 だが、弟子に簡単に遅れをとる訳にはいかない。キキさんは意外と負けず嫌いなのである。
 それにしても。
 仕事の前の余暇を活用するために始めた棒術の鍛錬だが、クークラの動きは日を追うごとに鋭くなっていく。
 今年はまだ負ける気はしない。来年もまぁ大丈夫だろう、多分。
 しかし、再来年あたりにはもう、抑えきれなくなるのではないだろうか。
 クークラは、戦闘におけるカンの良さが異常に良いのだ。
 ハクは勇者に託されたというが、この子の生まれは謎なんだよな……と、キキさんは改めて思った。
 どんなものにも乗り移れるという特性……それも、巨大な瓦礫を難なく片付けるパワーを発揮する泥人形をこともなげに動かすことなどを考えても、およそ普通の魔導生物ではないだろうし、それは戦闘能力の潜在的な高さと関係があるに違いない。
 国教会によって無為の存在となされているハクに、勇者がこの子を預けたのは、不正解ではなかったと、キキさんは思った。そのやり方を私が気に入るかどうかはともかくとして。
 少なくとも砦跡に居る限り、クークラの戦闘能力が日の目を見ることはない。生態や能力ゆえの不幸を招くことも皆無だ。
 陽が少しだけ高くなった。
 これからまた一日の仕事が始まる。棒術の鍛錬は、あくまで仕事前の休暇時間を活用したものである。
「さて、では今日はカビの予防をいたしましょうか。これからジメジメした季節に入っていきますので」
「あー……あれかぁ。薬品臭いし手間がかかるから、ボクあれ苦手なんだよなぁ……」
 ボヤくクークラの眼を、キキさんは無言で覗き込んだ。
「いえ、もちろんボク、一生懸命お手伝いしますよ?」
 クークラは眼を逸らしながら言った。そして、言葉を繋いだ。
「あ、そうだ。終わったら、またちょっと聞きたいことがあるんです。魔術のことで……」
「分かりました。では今日は、出来るだけ早く終わらせることにいたしましょう」
「お願いします。……それにしても、ハク。今日も工房に篭っちゃっているけど、大丈夫かなぁ」
「ハク様にとって、今は仕事に集中したい時期なのでございましょう。先にスヴェシ様が来た時、氷結晶を創る技術が目に見えるほど上がっていると、何やら嬉しそうに仰っておりましたし」
「スヴェシの言うことなんて……ゲーエルーさんも言ってたけど、国教会はハクの氷結晶を高く売れればなんでもいいんだよ」
「そうかもしれません。しかし、ハク様にとって氷結晶を創るのは、国教会とは関係なしに、楽しい事なのでございましょう」
「それもわかるけど……」
「ハク様のお身体は自分も心配しております。あまりのめり込みすぎるようであれば、わたくしの方からもご忠告を申し上げさせていただきます」
「うん……いや、はい。お願いします。……でも、キキさんがいてくれて本当に良かった」
「そう言われるのは嬉しゅうございますね」
「ハクに意見もしてくれるし、魔術も……。もし居なかったら……ハクが篭っている間、ボク、ずっと話す相手も無くなっちゃうしね」
「さようでございますね」
 生意気なこともよく言うが、しかしハクが仕事に没頭すると「子供」であるクークラは寂しいのであろう。
 自分が来るまでは二人っきりで過ごしていたのだ、と、キキさんは二人の関係の深さを感じた。


03.
 クークラに仕事を手伝ってもらい、それで浮いた時間を使ってキキさんが魔術の勉強を見る。その関係が始まってから、これもまた随分と時がたった。
 クークラの魔術への興味は本物で、飲み込みも覚えも悪く無い。だが、クークラが使いたいと願っているアニメートはかなり高度な術であり、まだそれを使えるところまでは至っていない。
 しかしクークラは本能的に「大気に満ちる魂」の動きを感じ取っている。感覚さえ覚えれば、使いこなすに至るまでは早いのではないかとキキさんは考えていた。
 術の勉強を見るための専用の部屋も、ハクを含めた三人で設営した。
 持ち込んだ書籍を置く書棚、向い合って座るための机。筆記用具。実習に使うための様々な物品、素材。それらを加工するための刃物や工具。比較的広く取った施術スペース。
 スヴェシが来る時にはただの書見部屋のように設定し直すのだが、逆にそのお陰で、毎年クークラの成長に沿った形にカスタマイズできている。
 今はともかく実践に主眼を置き、術の補助となる符や道具などが多く並べられていた。
 仕事を終え、作業日誌を書いてから、キキさんは魔術部屋へ来た。
 先に入っていたクークラは、キキさんが入室すると形式張って椅子から立ち上がり、礼をした。キキさんは手を軽くあげてそれを受ける。
「ありがとうございます。今日はちょっとアニメート……というか、大気に満ちる魂と、素材の相性に関して聞きたいんですけど」
 クークラの希望を聞いて、キキさんは、懐かしさを感じた。
 自分がまだ未熟で、皆の役に立とうと思って勉強を始めた魔術がなかなか身につかず焦っていた頃。
 同じことをマスターに聞いたのを思い出した。
「大きな魂と、それを宿らせる素材に関して、確かに相性はございます。もっとも極端な例は水晶ですね。純粋な水晶の結晶に宿ると、大きな魂は眠ったような状態に陥ります。おっと、それはなぜかと聞くのは無しですよ。わたくしも分かりませんし、それに関しての研究論文も読んだことはございません」
「じゃぁ、練習として選ぶべき素材というのもあるの?」
「ある程度は。とは言え、素材による宿りやすさの違いよりも、大きな要素が存在しております」
「それは?」
「思い入れでございます。人の思い入れが大きければ大きいほど、その素材……いえ、そのモノには魂が篭もりやすくなります。自然に生まれる付喪神というものが、おしなべて古くから使われている器物であるのは、それだけ思い入れを受けた物品であるためだと考えられています」
「思い入れ……」
「アニメートに関しましては、術者の思い入れの強い物ほど、術をかけやすいという傾向がございます。わたくしの場合は、使い慣れた掃除道具に対して術を掛けるのが得意であるということにもなります」
「じゃぁボクも、何か思い入れのある道具を使えば」
「そうですね、最初にアニメートを成功させるには良い方法だと思います。以前にも申し上げましたが、魔術は技術でもあります。まず一回アニメートを成功させることを覚えれば、その後に別の器物に応用するのは簡単になるかもしれません」
「あ、それ。ハクは、逆上がりみたいなもの? って言ってたけど」
「言い得て妙かと……いえ、そこまで単純ではありませんが。むしろ棒術の演舞のようなものでしょうか。感覚を覚えてしまえば、後は簡単に、かつ洗練されていくと言う意味では」
「うーんじゃぁ、何かボクにとって大切なもので試してみよう。……なんにしようか……」
「あまり気負いませんよう。学び始めてまだ数年でございます。出来なくて当然。焦ってもいいことはありませんので」
「分かりました。とりあえず、今日は自分でいろいろと試してみようと思います」
「ではわたくしは部屋に戻りますので、わからないことがありましたら」
「はい。その時にはまた聞きにいきます。ありがとうございました」


04.
 自室に戻って、初めてアニメートの術を成功させた時のことを、キキさんは思い出していた。
 あれは、もとはマスターからもらった武器としての棒で、冒険中に折ってしまってブラシに仕立て直したものだった。
 あの時は、マスターからも褒められ、笑顔で頭を撫でてもらった。
 その喜びは、今も心の中の大切な場所に仕舞ってある。
 もう一つ思い出した。
 アニメートを使えるようになってから、少し経った時のこと。
 愛用のブラシを動かし、円卓の間を掃除させていた。そして自分は帳簿を付けていたのだが、眼を離していると焦げた匂いがした。
 ブラシは部屋を掃除しろという命令のもと、火の入ったペチカの中までブラシをかけていたのである。
 初めてアニメートを成功させたブラシは、それで失われた。
 あの時、マスターはどうしてくれたのだっけ。
 とにかく、火には気をつけるように、それを注意され怒られたのは覚えている。
 しかしその後。
 そうだ。
 先輩のルサが、キキさんの失敗を笑った。マスターはそれを嗜めて、何故失敗したのか、一緒に考えてくれたのだった。少し気は早いが、クークラが失敗した時のフォローも考えておこう。
 今思うと、ルサはルサで負けず嫌いの自分を叱咤しようとしたのだと理解できる。憤りで、大切なブラシを失ったショックを忘れられたんだった。
 ルサを始めとした仲間たちとは、同じマスターを慕い、共に冒険をし、時には大きな喧嘩もした。
 仲直りに骨を折ったことも思い出した。
 彼女たちとはマスターが旅立ってから会っていない。
 今頃、一体どこをうろついているのやら。
 キキさんは、懐かしい顔を、一つ一つ頭に思い浮かべていた。
 ふと、キキさんは思った。
 私はハクやクークラにとって、私の中でのマスターや仲間たちのような存在に、なりたいのだろうか。
 それは自分でもよくわからない。
 ただ、かつての仲間たちに感じていたような愛おしさはある。
 いつか来るであろうクークラがアニメートを成功させる時。
 私はハクと共に、それを褒めてあげたい。そしてハクの次にでいいから、頭を撫でてあげたい。
 キキさんはそう思った。 

 一方その頃。

 クークラは、自分の部屋の行李の中に大切にしまってあった一つの人形を手に取っていた。
 初めて自分が乗り移ったモノ。
 ハクが手ずから作った人形。
 決していい出来とは言えない。丁寧に作ってはあるが、素人の手によるもので、可愛いと言える造形ではないし、古びてもいる。
 それでも。
 これは自分にとっての宝物だ。
 思い入れはある。初めてアニメートで動かすとするならば、これほどふさわしい物は無いかもしれない。
 魔術部屋に戻り、クークラは今まで何度も失敗した術式を、再び行い始めた。

この記事へのコメント

  • yuki

    毎度遅れ馳せながら・・・
    第三話第一章のUPお疲れ様です。
    キキさんが岩砦に来て早10年・・・と言った所でしょうか?
    って事は、スヴェっさんも40代から50代のおっさんに。
    それはさておき。

    今回はクークラの憑依能力がフルに発揮されていますね。
    鎧に憑依している時は、声も口調も変わっている様子。
    そこは閑話休題で既に述べられていますが。
    現在の少女の人形に憑依して、初めて喋る事を覚えたクークラ。
    一度喋る事を覚えた後なら、鎧や土塊の人形に憑依した時でも喋れるのかな?と思ったり。
    変な物に憑依して、知性や自我を失う事があれば話は別ですが。

    それから、クークラの戦闘能力の高さ。
    子供たちの魂を身体から引き離し、加工して作られた・・・
    この際、少しでも才能ある魂を加工した方が、より戦闘能力が高くなるのでしょうか。
    そうなると、子供たちの犠牲も相当な数だったんじゃないか・・・などと考えたり。

    そして回想中のロリキキさん。現在のキキさんの見た目は30代前後。
    歳の取り方が普通の人とは違うから、一体何年前の話だろう・・・。
    四人の仲間の内、一人の名前も判ったりと、気になる事が盛り沢山。

    でも、一番気になるのは、やっぱりクークラの初めてのアニメ―ト。
    次回が楽しみです。
    2016年04月03日 22:56
  • ロキ

    >>yukiさん

     いつも、本当にありがとうございます。

     実は、クークラの「魔導生物」としての側面は、話を書き始める直前……多分、「試験的駄文」の予告編で魔導生物という名称を書いたのに引っ張られて、後付的に出来た物だったりします。

     最初の構想では、クークラは単なるハクの娘的存在で、話のマスコット程度でしかなかったり……。 それが、魔導生物設定と魔術使いたい設定が後付されて今の形に。
     なので、「乗り移り設定」は基本的に話の根幹に関わってこず、どうやって演出しようかと悩んでいたりしています。

     脳内設定として。
     クークラの潜在的な戦闘能力が高いのは、もともと戦闘兵器(の動力)として人間の魔導師たちが作ったため、そういう調整がなされている……という程度の意味だったりします。

     ただ、オブジェに過ぎない巨大構造物に乗り移って動かし、かつ死体を大量に動かせる設定のアニメート(もともとロマサガではラスボスなどが使ってくる闇系法術)使いに成長する……その潜在能力は明らかに魔王クラス。
     闇堕ちしようものなら、ウィッカーマンになります。ハクに預けた勇者グッジョブ。

     それにしても魔導師ども、なんてものを量産しようとしていやがった……。
     
     ルサ先輩は、水地に溜まった大きな魂が姿を持って……という感じで生まれました。
     閑話休題として、(書くこともないので仕方なく)国教会とか勇者とか書こうかと思っていたのですが、それは急遽とりやめて、後半では「番外編 往きて還りしルサの物語」を入れていくことにしました。

     途中で考えついた「ラストにルサを出す」展開のため、それまでに紹介しておかなければいけないと考えたので。

     作中時間は、キキさんたちの見た目、意識、さらには自分の脳内でもあえて曖昧にしています。ロリキキさんだったのは「かなり昔」ということで。
     唯一、時間経過を表現するのはスヴェっさんの老け具合だけ。
     あの人がこの作品の時計です。

     次回は……。
     嵐の予感と、キキさんの寝姿と……。
    2016年04月04日 13:36