小説『キキさんのアルバイト』第三話第ニ章:喜びと苛立ち

波乱の予感。
せっかくクークラがアニメートを成功させたのに、大人たちは自分の感情に流されて……。
でも安心してください。
最後はハッピーエンドですよ?
今回は、キキさんの寝姿回でもあります。タンクトップとショートパンツで、抱き枕にしがみついて寝る獣娘(アラサー)。うーん、自分の趣味全開です。何気に、自身の知らないところで、着替えやら風呂上がり読書やら、恥ずかしい姿を晒されているキキさんです。バレたら、シャドウサーバント×4のかめごうら割りを食らいそうな気がします。








◇ キキさんのアルバイト 第三話 ◇
第二章:喜びと苛立ち


01.
 それはハクが作ってくれた人形だった。
 初めて宿った身体。自分の記憶は、そこから始まっている。
 クークラは、片手で持つことが出来る小さな古びた人形を手に、魔術室へと戻った。
 この人形に宿っていた頃は、あまり難しいことを考えられなかった。喋れもしなかった。ただ、目の前にあるものに反応して動いていただけだったような気がする。
 それでもハクは、そんな自分を愛してくれたし、よく注意して見ていてくれたのは覚えている。
 クークラは、魔術部屋へと戻り、施術結界の内側に入っていった。
 結界は周りを縄で囲まれ聖別された、部屋の半分くらいを占める比較的大きなスペースで、四隅にキキさんが作った符が貼られている。大気に満ちる魂がこの符に興味を持って近づき、かつ縄の内側からは出にくくなるため、一時的にその密度が濃くなる効果がある。
 結界の中央に置かれた木製の祭壇の上に人形を置き、クークラはそれと向かい合った。
 目をつむり、人形と、大気に満ちる魂に感覚を集中させる。
 光を介して見ているいつもの世界とは別の、空気と、その中に遍く満ちているエネルギーを感覚で捉える。
 それは、光の世界とは常に重なりあいながら、眼には見えていなかった世界。
 闇に身を置いて初めて感じることが出来る、別の世界。
 同じ空間に同時に存在しながら、互いに干渉しない、光の世界と魂の世界。
 ただ何らかの波長が合った地点でのみ、二つの世界はそれぞれに影響を及ぼす。
 光の世界の物質が、魂の世界の波動を惹きつける。魂の世界の波動が、光の世界の物質に宿る。
 二つの波長が合った場所で、身体と魂を持った命が生まれる。
 アニメートは、光の世界に身を置きながら魂の世界を感じ取り、それを感覚的に操作し、意志の力で二つの世界の波長を合わせる術である。
 クークラは、魂の世界を感じ取ることは出来る。
 操作するという意味もだんだんわかってきた。
 しかし、異なる世界の波長を合わせるという事が、感覚的にまだ掴めていなかった。
 大気に満ちる魂に集中すると同時に、光の世界にある人形にも意識を凝らす。
 ふと、かつてこの人形に自分が乗り移っていた時の事が頭に浮かんだ。
 どんな感覚で人形の内部に入り、染み渡っていけばいいのか、クークラは無意識的に理解できる。
 ボクならば、この身体に乗り移るときには……。
 改めて、そのやり方を意識しながら。
 それを教え伝えるように。
 クークラは大気に満ちる魂を意識し、導いていった。
 自分が乗り移るときの感覚をしっかりと自覚しながら、その真似をさせるように、大気に満ちる魂を人形の隅々にまで渡り通す。
 クークラはその作業に没頭した。
 集中する。
 自分という境界と、物質と、たましいの世かいとのへだたりがわからなくなっていく。

 まるで、せかいには、じぶんと、にんぎょうと、おおきなたましいしかないような。
 それも。やがて。ひとつに。なって。
 
 ……
 …………

 ふと我に返ると、目の前で人形が動いていた。
 光の世界の中で。
 人形は子猫を思わせるような、自由で気まぐれな動きをしていた。

 
02.
 時は既に深夜。
 熟睡していたキキさんは、自分がゆすり起こされていることが、最初はわからなかった。
 キキさんは、時間にそって規則正しく寝起きする質であり、普段寝ているような時間に起こされても覚醒するまでしばらくかかる。
 ボルゾイ犬の尻尾があるために仰向けに眠ることが出来ないので、抱き枕を抱えて横向きに寝るのが、キキさんの就寝時のスタイルである。
 タンクトップにショートパンツという寝間着姿で、キキさんは寝ぼけて、自分を揺さぶっている存在に対し、尻尾を振り当てて排除しようとした。
「……るさせんぱい……こんな時間い……なんれですか……もう……」
 こういう時間に自分を起こすのは、決まってルサだった。
 彼女は、普段は宵っ張りで朝に弱いくせに、不規則な睡眠には強く、短時間でも熟睡できる人だった。
「キキさん! キキさん! お願い、起きて! 見てみて!」
 ルサの声ではない。
 キキさんはむっくりと身を起こした。
 ここはどこだっけ?
 館……以外の場所だ。
「キキさん!」
「……ああ、クークラさん……どうしました?」
「見て! 見て! 人形が!」
 キキさんの意識はやっと覚醒を始めた。ここは砦跡の参謀本部の自分に与えられた部屋。今日はシフトの二日目だ。
「何時です?」
「いいから早く!」
 クークラは興奮しきっており、キキさんの手を引っ張る。
 何がなんだかわからず、着替えも出来ず。
 キキさんはクークラと共に魔術部屋へと入っていた。
「あれを見て!」
 クークラが指差す先。施術結界の中央で、一体の小さな人形が動いていた。クークラがそれを両手で掴んで、キキさんの鼻先に突き出す。
 キキさんが顔を近づけると、人形は怖がるようにクークラにしがみついた。
「成功! ボク、アニメートに成功したよ!」
「……え……?」
「解ったんだ。自分が乗り移る時の感覚……あんまり意識したことは無かったんだけど、その感覚を自覚して、それを大気に満ちる魂に教えるようにして……そしたら!」
「……」
「……あれ? 驚いてない?」
「……いいえ。驚きのために声が……」
「凄い!?」
「すごい。この短期間にアニメートを成功させるなんて……」
「褒めてくれる?」
 腕の中で人形をジタバタさせながら、クークラはキキさんに近づいた。キキさんは少し身をかがめてクークラを抱き寄せ、その耳元で囁いた。
「おめでとうございます。まさかこんな早くに術を成功させるとは思いませんでした。お見事です」
「へへへ……」
「頭を撫でとうございます」
 キキさんは、自分が初めてアニメートの術を成功させた時のことを思い出していた。マスターに頭を撫でてもらった。自分も、同じことをしてクークラを祝福したいと思った。
「いいよ! 撫でて、撫でて!」
「……いえ、それはまた今度にいたしましょう」
「え? なんで?」
「まずは、ハク様にお見せなさいませ。アニメートは、一度成功させて感覚を掴めば、おそらく今後も再現できるでしょう。まずはそれをハク様に」
「……そうだね。ハクも喜んでくれるだろうね」
「当然ですとも」
 キキさんはもう一度、強くクークラを抱きしめた。
「さぁ。夜は遅うございます。今日はそのお人形を手に、ゆっくりとお休み下さいませ」
 キキさんの言葉に、クークラはやっと深夜であることを思い出した。
「あ……ごめんなさい。こんな時間に」
「いいえ。魔術の成功をハク様よりも先に見せていただきました。わたくしとしても嬉しい事でございます」
「うん。明日には、さすがにハクも工房から出てくると思う。今度は二人が見ているところで、術を成功させてみせるよ」
 初めて成功したアニメートの術の効果が薄れ始め、クークラの手の中で人形は、その動きをゆっくりと止めていった。


03.
 しかしそれから二日間。
 ハクは工房から出てこなかった。仕事の手伝いをするクークラは寂しげで、キキさんも黙々と仕事をこなしながら、口数がいつも以上に少なくなっていた。
 クークラは、次にアニメートを施すのはハクとキキさんの目の前で、と決めていたようで、ハクが出てこない間は魔術部屋に入らなかった。
 キキさんは少しイライラしていた。
 クークラがアニメートに成功したことを、ハクは知らない。だからすぐに出てこなくてもハクに非があるわけではない。
 だが、嬉しさが裏返しとなり、せっかくの慶事に水を差された気分になってしまった。苛立つ感情は、二日間のあいだ行き場がなく、心のなかで増大していった。
 クークラがアニメートを成功させてから二日目の夕方。キキさんのシフトの最終日。そろそろ帰らなければならない時間になって、やっとハクは工房から出てきた。
 目の下に隈を作りながら、しかし表情は嬉しそうだった。
 クークラとキキさんの間に流れる、やや冷淡な空気に気づかず、ハクは二人に話していた。
 ここのところずっと思案していた、氷結晶の新しいデザインを思いついた。これはちょっと自信がある。
 キキさんが用意した食事を摂りながら、ハクはやや興奮気味に自分のことばかり話していた。
 ハク様。
 と、その話を遮ってキキさんは言った。同室していたクークラは、その言葉に鋭いトゲが感じられた。
「申し上げたいことがございます。少々、よろしいですか?」
「? なんでしょう?」
 ハクは、キョトンとしていた。
「まず。貴女はここの所、氷結晶創りにのめり込みすぎているようにお見受けいたします」
「え……はい……」
「それ自体はよろしいです。わたくしも、そのお仕事に集中されるために雇われておりますから。しかし」
 キキさんからただならぬ雰囲気を感じ取り、ハクは警戒するように表情から笑顔を消した。
「まずは御自身のお身体を心配していただきたい。目の下に、酷い隈ができているのは解っておりますか?」
「……いいえ……そんなに……?」
「はい。見ているこちらが心配になるほどに」
 それから、と、キキさんは続ける。
「わたくしの仕事に関しての話になりますが、本来、月間計画の作成や、シフト表の管理はハク様の仕事であります。ここの所、わたくしが作成してハク様の事後承諾を受けるのが当たり前になっておりますが、それは本来の仕事の形ではございません」
「で……でも、それはキキさんに決めてもらった方がスムーズに進むし……」
「そういう面もございますが、それでもせめて二人で話し合って決めるべきでございましょう。この砦跡の管理が、ハク様の義務である限りは」
「……でも……」
「この際ですので、はっきりと申し上げさせていただきます」
「……」
「ご自分のお仕事に打ち込みたいという気持ちは分かります。しかし、本来するべき些事すらせずに、やりたい事だけをやるのは、大人の取るべき態度ではございません。それは子供の仕事です」
「そ……そんな……」
 ハクは眼に涙を浮かべた。
「せっかくいい形で氷結晶と向きあえていたのに……」
 キキさんはそれを見て、少し言い過ぎたかと判断した。そして今度は嬉しいこととして、クークラのアニメートに関する報告をしようと考えた。
「それとは別に、報告したいことがございます」
「……いいです。聞きたくありません」
 ハクは顔をそむけて席を立った。



04.
 しまった……と、キキさんは思った。自分も、イライラにまかせて言葉が過ぎた。まさかここまでハクを傷つけてしまっていたとは。
「ハク様」
「聞きたくありません。キキさんなんて……」
 ハクが、ボソリと言った。
「キキさんなんて、本来、部外者じゃないですか……」
 小声だったが、キキさんは聞き逃さなかった。
 さすがにこれにはカチンときて、ハクの涙を見た時の反省心が吹き飛んだ。
「気に入らなければ、わたくしを辞めさせられればよいでしょう。その覚悟で苦言を申し上げております」
 ハクは、キっとキキさんを睨み、しかし怒りを持続させることが出来ず、見る見るうちにその表情が壊れていった。
 振り向いて、小走りに部屋を駆け出して行く。
 ドアの閉まる音を聞いて、キキさんは怒りに任せて吐いてしまった言葉を後悔した。しかし全ては後の祭りである。
 部屋を見回すと、二人の喧嘩を目の当たりにしたクークラが、泣きそうな顔でキキさんを見ていた。
 キキさんはクークラに駆け寄り、目線の高さを合わせて謝った。
「申し訳ありません。つい、感情的になってしまいました。こんなことになるとは」
「……うん、でも……」
「とにかく、ハク様ともう一度話し合ってきます。ここでお待ち下さい」
 言って、キキさんはクークラに頬ずりをしてから立ち上がった。
 早足でハクの部屋の前へと行き、一度大きく深呼吸をして、そのドアをノックする。
 返事はなかった。中からはハクのすすり泣く声が聞こえていた。
「ハク様」
 声をかけた。
「申し訳ありません。わたくしが言い過ぎました」
 中から、ボソボソとした返事が聞こえてきた。涙声の上に小さいので、ちゃんとは聞き取れなかったが。
「……わかっているくせに……」
「ハク様」
「クビになんかできないって、わがってるくせに……」
 もう一度、ノックをしようかと思ったが、やめた。
 お互いに一度落ち着かなければ、無理に話し合っても状況は悪化するだろう。
 そう判断した時、クークラが追いかけてきた。
 キキさんは、ドアの向こうのハクに向けて、クークラを部屋へと送っていきますとだけ声をかけ、その場を去った。
 クークラの部屋で、キキさんは再び謝罪した。
「本当に申し訳ありません。頭に血が上ってしまって。わたくしのせいで……」
「……ううん、ハクも、あんなこと言うから……でも……キキさん……」
「はい」
「……辞めないよね……?」
 クークラの言葉に、キキさんは寂しげに微笑んだ。
「お二人が心配で、残してなど行けませんわ」
 言って、クークラを安心させるため、そして自分が安心するために。
 キキさんはクークラを抱きしめた。
「大人には……」
「……うん」
「大人の仲直りの仕方というものもございます」
「……」
「わたくし、一度、館へ帰らせていただきます。……ああ、そんな顔をしないで下さい。すぐに戻ってまいります。安心して下さい。明日の朝には、ハク様とわたくしに、アニメートの術を見せてくださいませ。そして、今度こそわたくしにも、ハク様の次に、その頭を撫でさせて下さいませ」
 キキさんは、クークラにそう言い含めて、一度、参謀本部を後にした。

この記事へのコメント

  • yuki

    第三話第二章アップお疲れ様です。
    クークラもアニメ―トの術が初成功した様で何より。
    と、いうか、ここで成功しないと、残りの話数的に問題が。

    キキさんに抱き枕のイメージが無かったので「?」と思ったけれど。
    成程、尻尾が邪魔になるんですね。寝ぼけているキキさんも新鮮。
    で。こういうのが趣味なんですね。

    ・・・・・・。

    キキさん!赤毛のネコさんが覗き見してますよ!!
    バシっとかめごうら割りを決めちゃって下さい!!!

    それはさておき。

    幽閉されていたハクは兎も角、しっかり者のキキさんまで。
    不慣れな感情に振り回されて、どうしたら良いか分からなくなってる様子?
    しかしハクさん。10数年の付き合いで今更「部外者」は無いよ・・・。
    寿命が違う分、時間感覚が違うっていうのもあるかもしれないけど。
    どちらも不器用だけど、一応筋は通っているキキさんに対し、ハクはもっと未熟な感じ。
    大人(?)に囲まれて過ごしたキキさんと、話相手がいないまま過ごして来たハクとの違いでしょうか。

    さて、次はネタバレ通りなら「最高のシーン」があるんですよね?
    楽しみにしてます!
    2016年04月06日 21:12
  • ロキ

    >>yukiさん

     いつもありがとうございます。

     抱き枕に関しては、尻尾がある場合の寝方を考えた末にギャップ萌えを狙ってみました。キキさんは、意外とギャップが多くなってきました。

     今思うと、『日帰りクエスト』という作品に、羽根の生えた竜人が座って寝るシーンがあったのですが、影響されているのかも。
     しかし萌え具合は抱き枕に分があると自負しています!
     一部分とは言え、神坂一に勝った!?(なんだそりゃ……)

     さて……。
     彼女らの精神年齢は、基本的に見た目通りです。ハクは二十そこそこの見た目。
     子供ではありませんが、未熟なのは仕方ないかな、という感じで書いています。
     面接の時とか、保護者ぶる時は、結構背伸びをしています。
     また。
     ハクは、とにかく仕事が楽しくなってきた時期で、ちょっと廻りが見えなく……。
     今回は、むしろ褒めてもらえると思って話していたら、思いもかけずに怒られて混乱も。
     部外者発言は、腹立ちまぎれの暴言です。怒りを持続出来ず逃げたのは、ハクの性格もありますが、人と喧嘩をした後にどうしていいのか、経験がないので解らなかったから。
     まぁ、ハクが我儘を言えるのは、キキさん相手だからこそなのですが。

     キキさんもキキさんで、仲間と認めてもらってきた、と、思い始めた矢先にこれだったので、思わずムカっと。
     辞めるを覚悟で……という言葉もまた、彼女なりの暴言。売り言葉に買い言葉です。
     ハクと違うのは、他人や仲間と喧嘩した経験もあるので、暴言を吐いたことも意識しているし、その後の対応策も思い浮かぶということ。
     
     次の話は、最高では無く、最古の話、ですね。「年上メイドと年下お嬢様の喧嘩」が、一番最初に思い付いたシーン……だったような気がします。
     思い付くに至るまでにも何かかにか考えていたとは思いますが……。
     しかし、この喧嘩とその後のシーンから、「キキさんのアルバイト」のストーリーと設定が出来上がっていった……はずなんです(うろ覚え)。
    2016年04月07日 00:21