小説『キキさんのアルバイト』第三話第三章:仲直りはその日のうちに

 キキさんのアルバイト、第三話第三章。5000文字程度に纏めるという目標を完全に破ってしまいました。約8000文字……。
 今回の話。まだキキさんにキキさんという名前も付いていなかった頃、メイドと年下のお嬢様のケンカというシーンが頭に浮かび、そこからこの話は膨らんでいった……はず。いや、よく覚えていない部分も多いのですが。
 それはそれとして。
 今回の話を書いていて、やっとキキさんの性格が掴めてきました。
 この獣娘。かなりの意地っ張りで頑固なんだな……。
 素の自分を、やっとハクの前で晒しましたが、今回に関してはキキさん、計算してやったことではありません。
 腹を割って話をする以上、自分の内側も晒す気でハクの部屋を訪れています。






◇ キキさんのアルバイト 第三話 ◇
第三章:仲直りはその日のうちに


01.
 キキさんは、いつものように手書きの地図を見ながら迷いの森を歩き抜ける。
 実際には遠く離れている迷いの森と最果ての森が、地図では重なるように描かれており、それに従って歩いていると、いつの間にか最果ての森の中に入り込んでいる。
 少しするとすぐに館の門が見えてきた。
 地図の魔術。
 道を間違えると変な場所に迷い込む危険もある術だが、キキさんは日々の通勤に利用していた。
 森の中ということもあり、辺りはすでに薄暗い。
 蔦が絡む石造りの門をくぐると、キキさんは母屋には行かず、独立して作られている地下室に直行した。
 地上部分は小さな納屋のようだが、地下には室が掘られており、年間を通して低音多湿な環境を利用した食料庫になっている。
 一番奥に小さな部屋があった。
 ドアには「来たるべき日に」と彫られた真鍮製のプレートがかけられている。
 そこは酒蔵だった。
 キキさんが普段飲みするためのものも置かれているが、基本的には「来たるべき日」、すなわちマスターが帰った日に空けるべき酒が並べられていた。
 キキさんは、少し躊躇いながら、ボトルを出し、ラベルを確認する。
「酒には、飲むべき時がある。飲むべき時に飲まれなかった酒は不幸だ」
 以前、バー「ブレイブハート」のマスターが言っていた言葉が甦る。
 キキさんは、二本のボトルを選んだ。
 一本は、バイトの募集が無いかブレイブハートのマスターに聞きに行った時に購入した、コメから作った酒。
 もう一本は、ライ麦から作られた「望楼」という銘柄の蒸留酒。
 魔王ミティシェーリが好んだと伝えられる酒である。
 ラベルにある製造日は戦後のものだが、この酒の蔵元はすでに断絶しており、再び手に入れるのは難しい。
 以前、マスターが飲みたがっていたがついに手に入らず、異世界に旅立った後にキキさんが偶然見つけたものだが。
「飲むべき時に……か……」
 キキさんは呟いた。
「飲むべき時が来た……のでしょう。………ごめんなさい、マスター」
 キキさんは、この二本と、さらに普段呑みにしているものの中から二本を選び、持っていった。
 二人で全部飲めば二日酔いになるくらいの量だ。こんなには要らないだろうが、余ったら置いてくればいい。
 ボトルを二本一組にして一枚の布で包んだ。
 シャワーを浴びて仕事の汗を流し、紺のノーカラージャケットに白いシャツ、薄いグレーのワイドパンツに着替えると、さらに軽く紅を差す。伊達メガネを掛け、パンツと同色のベレー帽を頭に乗せて、外行きの支度を整える。
 包んだ酒瓶を両手に下げ、アニメートで仮初の命を与えたボストンバッグを従えて、館を後にした。
 しっかりとした足取りで歩くキキさんの後を、ボストンバッグがえっちらおっちらとついて行く。
 旅行カバンのような車輪があればどれだけいいか。そんな事を言いたげな動きで。


02.
 キキさんが砦跡に戻った時には、空はすでに暗くなっていた。
 クレーター状に拓けた砦跡の敷地内では、天を丸く見通すことができる。空に月はまだ低く、他の星々に先駆けて宵の明星が明々と存在を主張していた。
 キキさんはハクの部屋の前に立って、ドアをノックした。
 中からは微かに寝息が聴こえるだけだった。
 もう一度キキさんはノックし、入るわよ、と言ってドアを開けた。
 散らかった部屋だった。
 不潔な感じではないが、とにかく物が片付けられておらず、雑然としている。
 部屋の隅に置かれた三人掛けのソファに座り、テーブルに肘をついてウトウトしていたハクが、ハッと目を覚ました。
「……? え? あれ?」
「申し訳ないけど、勝手に入らせてもらいました。呼んでも返事がなかったから……」
「え……ええと……ハイ……あれ? 鍵……かけてなかったっけ……?」
 寝ぼけて混乱しているハクの顔を見て、キキさんは少し顔をしかめた。
「ひどい顔してる……」
「ふぁ!?」
 キキさんは、やっと追いついてきたボストンバッグを抱え上げると、そこから湿ったタオルを取り出した。
「ちょっと我慢して」
「ひゃ……ひゃい……」
 キキさんはハクに近づき、その顔を優しく拭った。実際、泣きはらした眼と、居眠りをしていた時のよだれで、ハクは酷い顔になっていたのである。
 ハクは少しの間、恥ずかしさで身を固めていたが、とにかく拭かれるに任せた。
 拭き終わったあと、キキさんはベッドサイドにある机の椅子を引いて、座っていいかとハクに尋ねた。ハクが頷くとキキさんは座って、一つ息を吐いた。
 そして。
「ごめんなさい」
 と、言って頭を下げた。
「クビにはならないと思いながら、辞めさせられることも覚悟で苦言をしているなんて言いました。卑怯なやり方だったと思います。何より、自分のイライラに任せて貴女を傷つけてしまった。本当にごめんなさい」
 言って再び頭を下げるキキさんを見て、ハクはむしろドギマギしてしまい、焦った口調で応えた。
「い……いえ、キキさんの言っていたことは筋が通っていたし、自分ももう少しちゃんと周りを見なきゃと……や……それより、キキさん……雰囲気が……?」
「……今、何時かわかる?」
「え……寝てたからちょっと……夜にはなっていると思うんだけど……」
 キキさんの口調に釣られて、ハクの言葉遣いも気取ったものではなくなってしまっている。
「わたしの仕事は今日の夕方で終わり。今は完全に仕事外の時間なの」
「はい……?」
「わたしは今、ええと、貴女の年上の友人として、ここに来ているつもり。つまり完全に仕事を離れて個人的な立場で喋っているの。それなのに、仕事の時の言葉遣いではおかしいでしょう?」
「……えっと……今のキキさんが素のキキさん……ってことですか?」
「そうなるわね」
 キキさんは言葉を続けた。
「それなりの期間を働かせてもらって、わたしなりに受け入れられたとは思っているけど、だからこそ溜まってくるものも出て来たのかな、と思って」
 キキさんは言いながら、ベッドに置いていた包みを持ち上げた。
「そっちに座ってもいいかしら?」
 ハクが頷くと、キキさんは包みを解いた酒瓶を持って、ソファのハクの隣に座った。
「今日はこれの力を借りて、お互い腹に溜まったものを吐き出しましょう」


03.
 改めてキキさんの姿を見て、ハクは綺麗だと思った。
 整った顔立ちをし、スレンダーでスラリとした体型のキキさんだが、普段は化粧気はなく、着ているものも仕事用のメイド服だ。
 格好のいい服を着こなしてナチュラルなメイクを施しているキキさんは、綺麗だ。
 自分はというと、氷の種族では一般的だった胸の下あたりまでのタンクトップと、タイトなズボンくらいしか持ち合わせがない。
「どうしたの? 人の顔をジロジロ見て」
「……あ、いえ……なんでもないです……」
 思わず目をそらし、グラスに注がれた「望楼」に口をつける。
「……ほんと、可愛いわね貴女は」
「え?」
「貴女は、他人の眼にさらされることが殆ど無かったから自分の見た目への意識が薄いのでしょうけど。羨ましいくらいよ」
「……」
 ハクは真っ赤になった。思えば、容姿を褒められたことは今までなかったような気がする。母のもとに居た頃に、子供として可愛いと言われた程度か。
「問題があるとしたら……この腰回りくらいかしら」
 言いながらキキさんは、露出しているハクの脇腹を指で摘んだ。
「ちょっとだらしないんじゃない?」
「そ……そんなことは……!」
「それにしても、お酒を飲んだことがないとは思わなかったわね」
「飲んだことがないわけではないんです。子供の頃、その……母の周りの人たちが、面白がって飲ませてくれたことが」
「それは飲酒経験じゃないわね」
 キキさんは苦笑した。国教会はハクの飲酒を禁止していたのである。そもそも国教会の体質は禁欲を強いる傾向が強い。信仰の対象である勇者は、むしろ酒好きだったという伝承もあるのだが、それはあまり表沙汰にしていない。
「美味しい?」
「美味しいです」
 言いながら、笑顔でもう一口。
 そんなハクの姿を見て、キキさんは少し首を傾げた。「望楼」は、かなり度数の強い蒸留酒なのだが……。
「ストレートだけじゃなくて、他にも飲み方はあるわ」
 キキさんは、傍らに侍っていたボストンバッグのファスナーを白く長い指先でつまんで開けると、中からジンジャーエールの小瓶とライムを取り出した。
「また、氷を作ってもらえるかしら」
「はい!」
 ハクは人差し指を唇に当て、フッと小さく息を吐く。指先は冷気をまとい、透明なロックアイスが生成されていく。それをグラスに落とす。
「ジュースを混ぜちゃうんですか?」
 ハクは、少し残念そうな顔をした。
「……まぁロックで飲むのもいいんじゃないかな? ……わたしは割らせてもらうけど」
 
 しばらく時間が立ち。
 テーブルの上には、四本の空いた酒瓶が転がっていた。
「聞いてくださいよ!」
 普段よりも声量が大きくなっているハクの声が響く。
「スヴェシ……様ったら酷いんです!」
「ハク……あの人は貴女にとって敵よ。様なんて付けなくてもいいの。そうね……」
 キキさんもやや顔を赤らめて、グラスを片手にニヤリと笑った。
「スヴェっさんとでも呼んでおけばいいんじゃない?」
「……す……スヴェっさん……あ……あはははは」
 ハクはひとしきり笑ったあと、表情を改めて、キキさんから目線を外した。
 そして俯きながら、 奉神礼で行われていることを訥々と語り始めた。
 毎年、盗み聞きをしているキキさんだったが、黙ってそれを聞く。
 語るハクの眼にはだんだんと涙が溜まり始め、やがてこぼれ落ちた。アルコールのためか、あるいは感情が昂ぶっているせいか、冷気をコントロールできておらず、それらは氷となって床に音を立てて転がった。
 私のことはいいんです。でも母を……母のことをあんなに悪く言うのは……。それは人間たちにとって母は災厄の元凶だったというのはわかります。でも母は……。
 下に降りて、しばらくして。
 人間たちと摩擦があって。
 その時に、交流の規定を作ろうって、母は言ってたんです。
 お互い仲良くやるためには、必要なことだって。
 でも、他に降りてきていたグループと情報のやり取りが出来ずに。
 なんのことかわからない理由で人間から襲われたこともあって。
 頑張ったんだけど、結局、失敗して。
 戦争になって。
 だけど、説教で言われるような、邪悪で、冷徹で。そんな人じゃなかったんです。
 私に……私にも、母を悪く言わせて。母が……邪悪だって……言わせて。
 私のことを無能で無為だと言うのはいいんです。それはその通りだから……。でも母を……あんなに……。
「貴女のことを無為だと言われるのも、わたしにとっては気持ちのいい話ではないわ」
「……」
「貴女は決して無為でも無能でもない。国教会の連中が怖がって、そうさせておきたいってだけよ」
 キキさんは、ハクに身を近づけ、頭をかかえて抱き寄せた。
 ハクの感情はついに決壊し、大声を上げて泣き始めてしまった。
「お母さん……お母さん。……お母さんに会いたい……。お母さんは悪くないもん。頑張ってたんだもん。……お母さん。……また、あの時みたいに撫でて欲しい……初めて氷結晶を作ったあの時みたいに……」
 しがみついていたハクの、感情の嵐がやや治まったあと、キキさんは言った。
「ミティシェーリはもういないわ。……撫でるのは、緊急の代理として、私でもいい?」
「撫でて……」
 抱き寄せたハクの頭を撫でる。力を込めて。
 キキさんの腕の中で、ハクはいつの間にか寝息を立てていた。
 キキさんの眼にも、少しだが光るものが湧き出していた。


04.
 ハクが眼を覚ますと、目の前にキキさんの顔があった。
「おはよう」
「あ……おはようございます……」
「大丈夫? 昨日はかなり飲んでいたはずなんだけど」
「……なんか、少しふらふらする感じ……喉が渇いた……」
「……そう……。ふらふらするだけなんだ」
 言いながら、キキさんはジンジャーエールの入った小瓶をハクに差し出した。一息に飲むと、炭酸の喉ごしもあって、ちょっとスッとした。
 しかし、あのボストンバッグには何がどれだけ入っているのだろう、と、ハクは思った。
 昨晩は、グラスもあれから取り出していた。
 ハクが飲み終わるのを待って、貴女に伝えたい事があった、とキキさんは言った。
「クークラが、アニメートの術に成功したの」
「え? キキさん、あの術は難しいから、使えるようになるのはまだ先だろうって……」
「そう思っていたんだけど……」
 キキさんは説明を始める。
 どうもあの子の生態は、付喪神やアニメートの術と似通ったシステムになっているみたい。
 とは言え、明確な意志を持っていて、何にでも乗り移れて、魔術まで使えるような付喪神なんて聞いたことがないし、アニメートに至っては仮初の命を与えるだけの術。自然現象である付喪神よりもずっと単純なもの。
 クークラは、仮にこれらに似ていたとしても次元そのものが別なんだけど。
 ともかく、そのためアニメートの術に関して感覚を掴むのが早かったみたい。
 このまま術への興味を持ち続けて、実践を重ねていけば、術者としてわたしよりも遥かに上をいくことになるんじゃないかと思う。
 それを聞いて、ハクは少しだけ顔をしかめた。
「凄い……とは思うんですけど……」
「なに?」
「昔。母の仲間にアニメートを使う人が居て」
「氷の種族の女術師、ヴァーディマね。有名よ」
「あの人、最初は優しかったんですけど、戦争が進むに連れてどんどん怖くなって。……人格が壊れていって。それも、アニメートを使って下の大地の兵士の死体を操るようになってから、どんどん酷くなって」
「クークラがそうなるんじゃないか、と?」
「……はい」
「まず言っておくけど、ヴァーディマが荒んでいったのはアニメートを使えたからというわけではないわ。いろいろな史書を見るに……国教会の戦史書以外にも、歴史を書いた本はいっぱいあるのよ。国教会が秘匿しちゃってるのも多いけど」
 話が逸れた、と、キキさんは続ける。
 ヴァーディマの精神が壊れていったのは、大切な仲間たちが死んでいったから。復讐心が芽生え、そしてアニメートという能力があった。
 実は、アニメートはただの無機物よりも、生命を宿していた物質……つまり死体にかけるのが最も簡単。おそらく生命の回路のようなものが残っているためなのだけど、当然それは倫理に反する禁術なの。
 だからこれは、今はまだクークラには秘密。
 ヴァーディマの最後は、悲惨だった。
 貴女はよく知っているかもしれない。
 ミティシェーリが討たれ、気力を失ったヴァーディマは囚われた。
 下の大地の人間たちは、仲間の死体を操り戦争の手駒として使ったヴァーディマを憎み、囚えた氷の種族の中でも最も残酷な刑に処した。
「クークラが心配なのはわかる」
「……大丈夫なんでしょうか?」
「それは貴女次第」
「私?」
「ヴァーディマが道を踏み外したのは、アニメートが直接の原因じゃない。術は手段でしかなかった。根本にあったのは復讐心よ」
「復讐……」
「復讐心に限らないけど、子供が悪い道に進みそうになった時、それを引き戻すのは大人の役目よ。そしてあの子に関して最も責任があるのは」
「保護者である……私」
「ここにいる限りは大丈夫だと思うけどね。でも気をつけなさい。あの子がもしもグレたら」
「はい」
「何にでも乗り移れて、強大な力を発揮することができる。裏の瓦礫を片付けたのなんて序の口よ。もっと大きな力を、クークラは発揮できるでしょう。そして例え殺されそうになっても周囲にある別のものに乗り移れば、本体は無事。さらに、尋常じゃないアニメートとの親和性」
「ヴァーディマさんみたいなことも出来るように?」
「ヴァーディマと同等の事なら、多分、私でも出来なくはないわ」
「……え……」
「強い魔力を持つ人間の身体を奪うという手法で不死を得たダークリッチを鼻で嗤うような体質と、強力な力を持つネクロマンスを併せ持った存在になり得るのよ、あの子は。魔王ミティシェーリなんてものじゃない。単騎で人間全体と喧嘩出来るかもね」
「そ……そんなのって……」
「気負う必要はないわ。あの子は素直に育っているし、それは貴女のおかげでもある。これからも、あの子を愛してあげなさい。ちゃんと愛されている存在は、そんな変なものにはならないから」
「勇者様はなんでそんな子を……?」
「ここならば安全だと思ったのでしょうね、きっと。それにしてもわからないのは、なんでそんな存在を隠し持っていたのか、よ。いろいろな書物を見たけど、あの子のような存在は確認できなかった。勇者が極秘に国教会に命じれば、それに関する記録を全て処分することも出来たのかもしれないけど……」
「……クークラは、もしかして母を……討つための?」
「そうかもしれない。でも、隠していたからには、勇者もそのために使う気はなかったんでしょう。実際、自力で実行しちゃう能力があったわけだし。どちらにしても、情報がない以上、答えの出ない話よ」
「そうですね。私にとって、あの子は娘です。これからも素直で元気のいい娘でいてくれるよう、保護者として努力します」
「多分、普通にしていればいいわ。そう多分、それだけで」
「はい」
「悪いけど、わたしはこれで帰ります。今日はまだ公休日だから」
「私は、クークラに会って、アニメートの術が成功したことを褒めてあげます」
「それがいいでしょう。喜ぶから。あの子、貴女に見せたいと思っているのよ」
「キキさんも、一緒に……」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、外せない用事があるの」
「残念」
「……でも、こうして貴女と話せてよかった」
「私もです」
「……また、友人として来てもいいかしら?」
「当然ですよ。……できれば……」
「そうね、お酒も持ってくるわ。わたし以外に、貴女がお酒を入手する手段はないからね」
「ありがとうございます!」
 ハクは、最高の笑顔を見せた。
 キキさんは、それを綺麗だと思った。

 キキさんが館に帰り着いた時、日はまだ高かった。
 蔦が絡む石造りの門をくぐると、キキさんはまず。
 トイレに直行した。
「な……なんであの娘……あんなに強いのよ……」
 ハクの前では、究極まで高めた意地と気力で常態を保っていたが、一人になるともう、そうは行かなかった。
 便座に手をかけて、一頻り吐くものを吐いて。台所に駆け込んで目一杯水を飲み。
 這々の体でキキさんは自室に転がり込んだ。
 嫌な汗がにじみだしてくるのがわかる。
 倒れるようにベッドに横たわり、布団の中で上着を脱ぎ、蹴り出した。
 服はアルコールの匂いが染み付き、抱きしめていたハクの汗と涙で汚れていたが、洗濯どころか畳むことも出来ない。
 公休は今日いっぱい。
 館の整備をするのは、もはや不可能だ。
 明日までに体調を回復させなければ。寝るしかない。抱き枕にしがみつく。
 二日酔いで、仕事を休む。
 キキさんの仕事の美学としては、あってはならぬこと。想像すらしてはいけない程の失態だ。
 とにかく眠る。
 明日の朝……起きられるだろうか? 初めてのアニメートの披露……見たかったなぁ……。
 不安と落胆を抱きながら、キキさんは泥のような睡眠に落ち込んでいった。

この記事へのコメント

  • yuki

    第3話第3章UPお疲れ様です。
    大人の仲直りと言えば・・・お酒なんですか?!
    弱い癖にロックで飲みたがるので、強い人と勘違いされる自分。
    1回飲めば弱いのはモロバレですが。・・・誰得情報です。

    それにしてもキキさん。
    なにも、そんなになるまで我慢しなくても・・・。
    腹は割っても、人に弱みは見せたくないんですねぇ。;
    一方ハクはお酒強過ぎぃ!;
    味の好みもあるだろうけれど、かなり度数の高いお酒が好みなのかな?
    おそらく、ミティシェーリも相当お酒に強かったんでしょうねぇ・・・。

    気になったのですが、ミティシェーリの仲間のヴァーディマ。
    てっきり、アニメ―トを使うのは一人かと思ってました。;
    第一話第四章にあった、「氷の種族の中でも最も惨たらしい刑に処された」者がヴァーディマで、
    第二話第三章にあった、氷の種族の術師「ヴェドゥーン」は別の人物?
    「アニメ―トを使うもの『達』がいた」と書かれていたなら、何人かいたんだな、と思ったのでしょうが。
    まぁ確かに、何処で術を覚えたかって話ですよね。
    複数人いても何ら不思議じゃない。

    それにしても。
    キキさんの推理力は大したものですね。
    それを聞くまで、ハクは何処までクークラの事を分かっていたのだろう・・・。

    キキさんとお酒の力を借りて、自分の想いを吐き出したハク。
    彼女の様なタイプって、口に出す事でようやく自覚出来るというか、影響力があるんじゃないでしょうか。
    今後の動向にも大きく影響するかも・・・?

    第三話第四章も楽しみにしてます。
    2016年04月17日 14:33
  • ロキ

    >>yukiさん

    今回のゴタゴタは、基本的にコミュニケーション不足から来る行き違い。

    よろしい。
    ならば飲みニケーションだ。

    が、キキさんの(あるいは自分の)中にあった発想……いや、今の時代では迷惑な上司(キキさんは部下……というか派遣社員だけど)の典型みたいなマインドですが。

    でも、飲みニケーションや無礼講の効力って、やっぱりある程度はあると思うんですよね。人にもよりますが。

    さらに言うと、自分の酒飲みの美学としては、汚い酔い方は絶対嫌。

    その辺りが、今回のキキさんの飲み方に影響しているかなと思います。

    もっとも、先に酒を飲むシーンがあったから、この辺りは基本的に後付の説明ですが。

    どちらにせよグデングデンになってハクに絡むようなキキさんは書きたくないww

    氷の種属 = ロシア系みたいなイメージがあるので、それもあってハクを含めた氷の種属達は酒が強いし好きなのです。
    あと、弱音ハクの酒好きイメージも影響しています。
    まぁ弱音さんの方は、酒が好きというより、酒に逃げるというのが初期のイメージなのですが。

    ちなみに。
    今回「望楼」のモデルにしたのは、ウォッカのベルヴェデール。もとは宮殿の名前なのだそうですが、直訳すると望楼とか展望台のような意味なのだそうです。
    40%位かな。

    ライムとジンジャーエールを入れればモスコミュール。その酒言葉は「ケンカをしたら、その日のうちに仲直りをする」。

    それにしても。
    今更ですが、第一話でブレイブハートにアルバイトがないか聞きに行った時に、米の酒ではなく「望楼」ベルヴェデールを購入し、その時に「酒には飲むべき時がある……」のセリフを言わせていれば……!
    いや、今回の本文を書きながらこのセリフが出てきたのでそれは不可能なのですが。

    しかし「魔王が好んだ酒」を飲むというアイディアはもともとあったし、この場で飲むために米の酒もあの時点で買わせていたのだけど、実際ここまで来てみると米の酒の意味がまるでなかった……!
    この辺りは構成のミスですね。

    いや、そんなことよりもずっと大きなミスが……。
    ヴェドーンとヴァーディマ。
    完全にミスです。
    構想時の名前案1がヴェドーン(男性名)。名前案2がヴァーディマ(女性名)でした。
    どちらも「魔法使い」みたいな意味。
    完全に間違えました。
    加筆修正するときに訂正します。

    迂闊すぎた……。
    本当に迂闊すぎた……。

    それにしても。
    ハクはクークラの能力に関してはそこまで深く理解はしていません。

    実のところ、今回はキキさんにも語らせすぎたかなと思っています。クークラの出自は読者が知っていればいいこと……なんだけど。

    ただ、今回のキキさん最後が酷すぎるから、格好いいところを見せておきたいという思いもあり。
    そんなわけであの考察と、ハクへのアドバイスをさせています。

    構成時には書くことになっていなかった「クークラの考察」なのです。が、文字数オーバーまでしてここでやってしまいました。

    ともかく。
    今回の飲み会で「友達」を得たハク。
    その御蔭で、今後は「追い詰められた感」が薄れていくことになります。

    キキさんにとっても、最初はただのバイト先と考えていた場所が、失われていた「自分の居場所」として大きなものになってきました。
    2016年04月17日 16:08