プロジェクト:メトロポリタン美術館 第二話

クローディア
クローディア単体.jpg



みんなのうたで有名な「メトロポリタンミュージアム」。



この楽曲には、関連を持つ児童小説があります。

E.L.カニズバーグ作「クローディアの秘密」。

初めてこの小説を読んだ時、「メトロポリタンミュージアム」ファンだった自分はちょっとした衝撃を受けました。詳しい内容は、自分の受けた衝撃を味わっていただきたいため割愛しますが。

今読んでも楽しい児童文学の名作です。
今作は、かなりこの本の影響を受けて書いています。

12歳の頃。
お話の最後にクローディアが獲得する「自分たちだけの秘密」を持つことが出来るなんて、それは本当に素敵なことだと思います。
例えば仲間たちだけの秘密基地を作るような感じを増幅させた感覚でしょうか。
それは恐らく、クローディアの秘密が発行された1968年でも、現在2017年でも同じ。
時代には関係ない、人間の、あるいは子供の本能のようなものなのでしょう。

12歳の自分に読ませるのはもう無理だけれど。
今年12歳になる姪っ子には是非読んでほしい。
個人的に、そう思っています。




・鑑賞

 暗くて狭い石造りの通路を、ミイラの腕に火を灯した松明を持って、腰をかがめながらカナリアは進んでいく。
 もう随分と歩いた気がする。通路はずっと上り坂で、さすがに息が切れてきた。

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「クローディア……。まだ?」
 思わず弱音を吐く。
 姿を見せないクローディアの、落ち着きのある声だけが響いた。
「もう少しですよ、カナリア。頑張ってください」
 やれやれと思いながら額の汗を拭う。
 それにしても。
 石造りの通路のひんやりと湿った空気や、松明の放射熱で肌がチリチリする感じまで、完全な現実感を持って再現されている。どういう理屈なのかは知らないが、このシステムを作った人達はよほど職人気質だったのか。それとも偏執狂だったのか。
 まったく。
「見事なものね」
「……? 何がです?」
「……何でもない、ちょっと思っただけ」
 声だけのクローディアと会話をしながら進んでいると、不意に傾斜がなくなり地面が平らになった。
 そして松明の光が、目の前に石の扉を照らし出す。
「これが……王の間?」
「ええ。待ってくださいね、いま開けてあげます」
 大きな石の扉が音を立てて動き出し、人が通り抜けられるだけの隙間ができた。
 中に入ると、扉に手をかけているクローディアが居た。
 そこは、学校の教室くらいはある広い空間。
 四方は垂直に切り立った石壁で囲まれており、天井は巨大な重量を分散するため三角形をしている。プログラムに入る前に受けたクローディアのレクチャーの通りの部屋だった。
「お疲れ様ですカナリア。ここが王の間、あるいは石棺の間と呼ばれるピラミッドの中心部。ファラオの眠る部屋です」
「わざわざ外から入って、上昇通路と大回廊を登ってくる必要があったのかしら……?」
 息を切らせながらカナリアは尋ねるが、クローディアは微笑みながら切り返した。
「あら。むしろそれ無しではピラミッドを体験する意味がありませんわ。確かに、最初から王の間に入るプログラムもありますが、それでは、わざわざメトロポリタン美術館で鑑賞する価値は無いと、わたくし、思っていますの」
「……まあいいわ。苦労してここまで来たのだから、主役を見せてちょうだい」
「はい。こちらになります」
 クローディアが手招きをしているのは、王の間の中央やや奥に安置された石の棺だった。
 一枚岩から削り出されたらしい巨大な石板で蓋をされている。
 クローディアはその石の蓋に手をやると、事も無げにずらし、棺の封印を解いてしまった。

 カナリアは息を整え、石棺を覗き込む。

 そこには黄金のマスクを装着したミイラの姿があった。
「きれい……」
 黄金のマスクは、ミイラの腕の松明の光を鈍く反射し、ヌラヌラと光っていた。
「素晴らしいわ……人間は、三千五百年以上も前に、こんなに美しいものを作り上げていたのね」
「マスクだけではありません。このピラミッドを作り上げたこと自体が、信じられないほどの偉業だと思います」
「そうね、クローディア。素晴らしいわ、本当に」



・天使像

「さて、次はどうしますか?」

 しばらくの間、黄金のマスクに見惚れた後。
 カナリアの許可を取ってクローディアはピラミッド体験プログラムを終了した。

クローディア単体.jpg

 全ての映像が消え去る。
 そこは体育館ほどの広さがある体験室だった。
 床は、幾何学的に敷き詰められた無数のトレッドミルのベルトコンベアで構成されており、この組み合わせで様々な建築物や自然風景を歩き回る動きを擬似的に再現しているようだ。ベルトコンベアは平面で動くだけではなく、立体的な上下動までするらしく、あの大回廊の傾斜はそれで再現されていたのだろう。
 
 石造りだったピラミッドとは対照的な未来的雰囲気を持つ部屋で、その落差にカナリアは少し混乱してしまう。

「……そうね、今回は大物だったから、次は小さいものがいいわ」
「そうですね。では……」
 と、言って、クローディアはパチンと指を鳴らした。
 すると照明が暗転し、そこは広く暗い空間になった。
 
 少し離れたところに、スポットライトで照らされている白い台座がある。

 クローディアの姿は消えており、カナリアは一人、そこまで歩いていった。

 台座の上にあったのは、小さな天使の像だった。
 カナリアはその像に眼を釘付けにされた。
 しばらくの間、じっとそれを見つめていた。

 どれくらい経ったのか、自分でもわからない。時間感覚を失う程、その像に魅せられていた。

 カナリアは不意にため息をつき、素晴らしいわ、と呟いた。

「モノが持つ素晴らしさって、形の大小だけでは左右されないのね。それがよく解るわ」
「この像の素晴らしさがわかるとは、カナリアの美的感覚も随分と磨かれてきましたね」
 どこからかクローディアの声がした。
「正直、誰が作ったとか、どんな歴史があるかとか、そういうことは全然わからないの。でも、この天使の像が素晴らしいということは、わかるわ」
「……誰の作か、気になりますか?」



・二人の秘密

「そうね。でもこれ自体素晴らしいのだから、誰が作ったものでもいいと思うの」
「そうですね。……でも、気になるんでしょう?」
「もちろんよ。さあ、もったいぶらないで教えて頂戴な」
「フフ……」
 クローディアは一息いれてから、続けた。
「これは作者不詳の小さな彫像なのです」
「あら。じゃあ誰の作か、本当にわからないのね?」
「ええ。公式的には」
「……非公式的には?」
「それを答えるのは、わたくしにとっては容易いのですよカナリア。これは、まず間違いなくミケランジェロの作です」
「また、随分と大物の名前がでたわね。でもなんでそれがわかるの?」
「私の中には、ありとあらゆる美術品のデータが詰まっています。作品の見た目……それも表面を顕微鏡で見ているのと同じくらい精密なデータが。さらに、作られた時代や、作品の持っている歴史といった、それはもうありとあらゆるデータが。これだけの知識を詰め込んだものは、かつて存在したことがありません。例えどれだけ有能な学者でも、人間の脳に詰め込めるデータベースではないのです」
「それは凄いわ。でもそれだけで誰が作ったのかわかるの?」
「わかりますよ。正式に認められているわけではありませんが。しかしあらゆるデータを照合し、横の繋がりを持たせて、関連付けながら分析して考えていけば、これがミケランジェロの作品であることに行き着くのです」
 クローディアは誇らしげに言った。
「ああ、でもわたくしはただの学芸プログラム。実際には学会などで、人間の学者が正式に認めたこと以外、本当は喋ってはいけないことになっています。これをミケランジェロの作であると私から聞いたなんて事は、カナリア、内緒にしておいてくださいね」
「わかったわクローディア。絶対に秘密にする。でも一つ聞きたいの。今までに、それを明かした相手はいたの?」
「いいえカナリア。これがミケランジェロの作だと明かしたのは、貴方が最初で、そして多分、最後になるでしょう」
「じゃあ。これは秘密ね。二人だけの」
「ええカナリア。秘密です。二人だけの」



・カナリアの演奏

 ある日。
 いつものように、クローディアがその日の鑑賞プログラムを開始しようとした。
 しかし、カナリアがそれを遮った。
「今日はちょっとお願いがあるの」
「なんでしょう、カナリア」
「今日は、クローディアに私の演奏を聞いてもらいたいの」
「演奏ですか? 楽器は?」
「前に、一人で探検していた時に、これを見つけたの。私の持ってきていたバイオリンのケースにぴったりだったわ」
 言いながら、カナリアはバイオリンのケースを目の前に置いた。
 カナリアが自分の部屋にしている第3展示室に置いてあるバイオリンケースを、今日に限ってここまで持ってきていた理由はそれですか、とクローディアは思った。
 カナリアがケースからバイオリンを取り出した。それは確かに美術館のインテリアとして展示されていたバイオリン。
 旧いものではないが、かつて名器と呼ばれたバイオリンを、先端技術を使って再現したものだった。
「いままでに練習を?」
「ええ。夜、クローディアが休んでいる間に。それにあなたの解説つきで随分といっぱい演奏も聞いてきたわ。それは凄い勉強になった。もちろん、過去の名演者のような演奏は出来ないけど。でもね、私は思うの。音楽は聞いているだけでは物足りなくなるって」
 カナリアは言いながら、バイオリンを構え、試し弾きを始めた。

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 クローディアが想像していたものよりも、遥かに様になっていた。
「わたくしには理解しかねる感情ですね。わたくしはその音楽を聴き、解説をするのが仕事なので」
「そうねクローディア。演奏したくなってしまうというのは、きっと私個人の資質……いえ、欲望なんだと思う」
 カナリアはクローディアの言葉を気にせず試し弾きを続る。
「さて。かつての名演者たちだって、最初からうまかったわけじゃないはずよ。だから笑わないで聴いてね」
 カナリアは表情を改め、バイオリンを構え直した。
 
 そして、今までに聴いた曲の中からお気に入りのものを演奏し始めた。

 驚いたことに、カナリアの演奏はなかなか上手かった。少なくとも、短期間の独学とは思えないレベルに達していた。
 もちろん、美術館にある音楽データの数々に比べると決定的に拙いものではある。

 しかし、それでもクローディアは眼をつむり聴き入った。
 
 聴きながら、館内の体制を非常事態モードに切り替える。
 部屋ごとのドアがロックされ侵入者をシャットダウンし、かつ全てのセンサー類や防犯、アンチテロシステムが全力で働き出す。
 これなら、誰もこの小さな演奏会を邪魔できない。
 しかも、敵意ある侵入者に対処するための鋭敏な軍事用センサーを使用することで、より細かく、より繊細にカナリアの演奏を聴き、録音することが出来る。
 もっとも、アバターだけを見ていたらそんなことをしているとは思われないだろう。
 クローディアは、ただ、眼をつむり、少し俯いて、静かに、深く、演奏を聴き入っているように見えるはずだ。

 カナリアの演奏は続く。

 自分で描いたらしい楽譜を見ながら。
 集中し。
 懸命に。
 自分も演奏してみたい。そして大好きなクローディアに聴いてもらいたい。
 その一心で。

 幸せな空間の中で、時間はゆっくりと過ぎていった。

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