プロジェクト:メトロポリタン美術館 第三話

プロジェクト:メトロポリタン美術館。
最終回となります。

AI系学芸員、データ化された幅広い展示物、そこに迷い込む少女。
この構図は色々応用が効きそうな気がしますが、自分ではこういう形になりました。

緊急時のシェルター機能のある美術館が各地に設置されていることに関しては、色々と裏設定があるのですが、書く機会があれば書いてみたい……。

明日にでもMMDで作成した挿絵を追記しようと思います。
その後、E★エブリスタに、久しぶりに投稿しようかと。





・三年後

 カナリアが来てから三年が経った。

カナリア単体.jpg

 その日の鑑賞プログラムを終えて、クローディアは「明日はどのような作品が見たいですか?」とカナリアに聞いた。
 この三年間、ほとんど毎日のように交わされてきたやりとり。
それはもう挨拶のようなものになっている。

 しかし、この日、カナリアから返ってきた答えは、普段とは少し違うものだった。

「そうね。いつか見た、あの小さなミケランジェロの天使像が、また見たいわ」
「あら、一度見たものをもう一度見るのですか?」
「ええ。私はあの像の秘密をクローディアと共有した。それはとても嬉しいことだし、もう一度思い出して、確認したくなったの」
「そう言えば、人間とは、振り返らなければ忘却するものでしたね。わたくしにその感覚は分かりませんが、分かりました。明日はあのミケランジェロの像を再び見ることにしましょう」

 夜。
 カナリアが戻っていった第三展示室は静かだった。
 いつもならバイオリンの練習が聞こえてくるのに。
 クローディアは室内のセンサーを働かせた。カナリアのプライベートに配慮して、普段はそのような事はしないのだが、今日は少し気になった。
 部屋の中では、まだ早い時間なのに、静かな寝息が聞こえてきた。
 少し疲れているのだろうか? だが人間とは疲労するものだ。それは仕方がない。
 あのミケランジェロの天使像をまた見たいと言い出したのも、疲れて少し気弱になっているせいなのかもしれない。
 クローディアはそう考え、センサーを切った。
 そして、閉館時間を過ぎたので、自分もスリープモードに移行した。

 次の日。
 カナリアが起きてきたのはいつもより遅かった。
 やはり疲れているのだろう、とクローディアは思った。

「今回は解説はどうしますか?」
「そうね、ゆっくりと……ただゆっくりと見てみたい。でも、クローディアには一緒にいてほしい」
「わかりました。ではソファのある展示室で、座って一緒に鑑賞しましょう」
「そうね。それがいいわ」

 二人は第5展示室へと移った。
 そこは、座り心地の良いソファや給水設備などが完備された、映し出される立体映像を少人数でゆっくりと見るための展示室である。

 二人でソファに座ると、クローディアは指を鳴らす。
 すると照明は消え、目の前にあの小さな天使像が投影された。

 

・カナリアの疑問とクローディアの答え

 カナリアは惹き込まれるような表情で、天使像を見つめた。クローディアは天使像を見ているようにアバターを投影しながらカナリアを見ていた。
 三年間で、この娘は少し大きくなった、とクローディアは思った。
 かつては自分の胸くらいまでしか無かった背丈が、今では頭一つ分くらいしか違わない。
 成長する。
 変化する。
 永遠不変のデータを扱っているクローディアは、その変化に新鮮な驚きを持ち、愛おしさを込めて見つめていた。

 しばらく無言のまま、二人はそうしていた。

「素晴らしいわね」
 
 やがて、カナリアが口を開いた。

「ねえ、クローディア」
「なんでしょうカナリア」
「この像もそうだけど、私はあなたに色々な美しいものを見せてもらったし、聞かせてもらった」
「ええ。でもまだまだ終わりではありません。見てもらったのはまだ全体の四分の一にも満たない程度。今日初めて思い立ちましたが、人間が見たものを忘れる存在である以上、一生かけても味わい尽くせないかもしれませんよ」
「そうね、私ももっと多くの美術品の事を教えてもらいたかった」
「カナリア?」
「ねえ、クローディア。私は一つ、疑問に思うことが出来たの」
「なんでしょう。わたくしに答えられることであれば答えますよ」

「なんでこんなにも素晴らしいものを作ることが出来る人間が、あんなに酷い戦争をすることが出来たのかしら」

カナリアの質問に窮するクローディア.jpg

 その質問に、クローディアはこの三年間で初めて、返答に詰まった。

「クローディアはどう思う?」
「………………カナリア………………」
「あら、珍しい反応ね。今まであなたは、どんな質問にも簡単に答えを出してくれていたのに」
「カナリア。それは今までのあなたの質問が、全て芸術作品に関することだったからですよ」
 クローディアは寂しそうな顔をした。
「思い出して下さい。わたくしは学芸解説プログラム。政治的、思想的な要素の強い質問には答えることが出来ないのです」

 そう……、とカナリアは寂しそうに呟いて、クローディアを見上げた。

「わかったわ。変なことを聞いてごめんなさい。ねえクローディア。今日は一日、一緒にこの像を見て過ごしてもらってもいい?」
「いいですよ。わたくしも、そうしたい気分になってきました」
「ありがとう、クローディア」

 鑑賞を始めてから、どれくらい時間がたっただろう。
 二人はただ、像を見ていた。どれだけ見ていても飽きなかったし、その素晴らしさは増しこそすれ損なわれることはなかった。




・炭鉱の中のカナリア

 不意に、クローディアが口を開いた。

「わたくしはね、カナリア」
「なに? クローディア」
「人間は、このような素晴らしいものを生み出すことが出来るからこそ、酷い戦争もすることが出来たのではないかと思います」
 カナリアは、天使像から目を離さず、応じた。
「そうね、クローディア。哀しみなくして喜びを知ることは出来ないし、憎しみを感じられるからこそ、慈しみも深くなるのかもしれない。そして、それこそが人間と言うものなのかも」
 一つ大きく息を吐き、カナリアはクローディアを見上げた。
「ありがとうございますクローディア。私はまた一つ、あなたの事を知ることができました」

 カナリアはクローディアの耳に唇を寄せる。
「あなたに触れられればいいのにね。それだけが、このシステムに対するただひとつの不満だわ。抱きしめることも、抱きしめられることもできやしない」
 カナリアは残念そうにそうつぶやいた。
「私、もっとあなたに色々と教えてもらいたかったし、見せてもらいたかった」
「わたくしは、今でもそのつもりですよ」
「ええ、わかっている。ありがとう。でも……」
 カナリアは寂しく笑う。
「でも時間が来てしまったの。私はもうすぐ、あなたの声を聴くことも、あなたの姿を見ることもできなくなってしまう」

 カナリアがソファから立ち上がる。

「私はカナリア。カナリア・インザマイン。炭鉱の中のカナリア。鳥籠の中から出る時が来たの」

カナリア単体アップ.jpg

 カナリアの表情に寂しさはあるが、哀しさはない。

 私は、酷い戦争の悪影響に晒されてしまったこの世界に、氷漬けになって眠っている人たちを解き放って良いか、それを調べるために生成された小鳥。

 黙示録のラッパが吹き鳴らされた後のこの世界の空気は、残念だけど私たちにはまだまだ過酷だったみたい。

 明日。
 私はここを発ちます。

「お還りになるのですね?」
「ええ。もう逝かなければいけないの」

 クローディアは、今までに感じたことのない何かが、自分の中に湧き出してくるのを止めることができなかった。

「今までありがとうクローディア」
「いいえカナリア。わたくしは……わたくしは自分の仕事を果たしただけ……!」
「あら? 秘密を共有してくれたのも、仕事のうちだったのかしら?」
「カナリア……!」
「あなたは私に教えてくれました。例え人間が誰一人いなくなったって、あなたが居る限り、人が残した芸術は永遠だって。私はね、クローディア、あなたのお陰でその素晴らしい確信を得たのよ」



・美術館の中で

「ときにカナリア。わたくしからも一つ聞きたいことがあります」
「次に何が見たいのか以外で、クローディアから質問されるなんて初めてね。どうぞ」

「わたくしが解説させていただいた作品の中で、あなたはどれが一番好きでしたか?」

「それは難しい質問ね、クローディア。一番なんて決められないわ。どれもそれぞれの素晴らしさがあったから。でも印象に残った作品はある」
「それは?」
「一つはこの天使像。素晴らしい作品だし、何よりもあなたとの秘密の共有があったから、思い入れが深いの。でもそれじゃきっと、あなたの求めている答えにはならないわね」
「ええ」
「そうね。そう。……私は、エドガー・ドガのダンス教室の絵が好きだったわ」
「理由を伺っても?」
「美術的な意味からではないわ。ただ、生まれ変わるとしたら、自由に歌い、演奏し、バレエが出来るような時代に産まれたいと思ったの。……自分で言うのも何だけど、笑わないで聞いてクローディア」
「なんでしょうカナリア」
「私には、きっと人よりも優れた踊りや歌や演奏の才能があったと思うの。ええ、きっとそうよ」
 カナリアは、嬉しそうな顔をしてそう言った。
「だから、その才能を自由に磨いて、発揮して。作品を作って。そしてその作品がデータ化されてメトロポリタン美術館に収められ、あなたが色々な人に解説するような。そんな時代を、あの絵を見て思い浮かべていたわ」

 次の日。
 バイクに乗って廃墟の街並みに消えていったカナリアを、クローディアは見送った。
 
 そして、自分の持てる限りの権限を使って、作品のデータベースに小さな編集を施し始めた。

 まず、エドガー・ドガのダンス教室のデータを複製する。
 そして絵の中の右下部分、少しだけ空いているスペースに、撮り溜めていたカナリアの映像から、お気に入りのものを挿入した。

 継ぎ接ぎされた絵画のデータを、別の名前で保存しようと思ったが、このままでは何か足りないと感じた。

 そこで、カナリアが演奏した曲のデータを付け加えた。

 今度こそ、データを別名で保存した。
 数百年ぶりに、美術館で閲覧できる美術作品が一つ増えた。
 
 タイトルは「永遠のカナリア」

 ありあわせのデータを繋ぎ合わせただけの拙い作品。

 それでも。

 それは「作品」だった。

 去り際に、カナリアは言っていた。
 私が逝ってからきっかり100年後。次のカナリアが生成されるわ。
 もしかしたらここを訪れるかもしれない。
 その時は、またよろしくね。

 日が落ちて閉園時間になれば、クローディアは強制的にスリープ状態になる。
 そして次の客が来るまで眠り続けることになるのだ。

 百年の眠りに誘われるまでの短い時間。
 彼女は、自分で作った初めての作品を鑑賞していた。
 ずっとずっと繰り返し、鑑賞し続けていた。

 数多くの美術品の中で、もっとも思い入れの篭ったその作品を。

永遠のカナリアを見るクローディア.jpg

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