アニメ業界の構造的欠陥とアタリショックの構造に関して徒然に思うこと

Twitterで、アニメ業界の衰退は、生産業界の構造欠陥と粗製乱造が問題だと思う、というツイートを見て、思わずアタリショックと似たような状況ですよね、とコメントを返していました。

思い付きでコメント返しをしていたので、ツッコミどころは色々とある理論でしょうが。
そこからちょっと考えたことなど。

アタリショックとは、1980年台序盤に急拡大していたアメリカのテレビゲーム市場が、ソフトの粗製乱造によりユーザーの関心を急激に失い、大手メーカーを含む業界全体が崩壊したという現象。

このため、アメリカで家庭用ゲーム機業界は大きく後退することになりました。

翻って見るに、日本のアニメ業界。

……いや、自分はさほど詳しく知っているわけではありませんが……。
しかし、アニメーターの低賃金と、放送本数の増加による負担の激増。
そこから、ついには制作が間に合わなくなって放送できなくなる作品すら出る状況に陥っていると聞いています。これは産業構造の欠陥と言っていいでしょう。

生産現場の構造的欠陥がアニメ作品の質を落とす事は想像に難くありません。
欠陥が解消されない限り、確実に作品の質は落ちます。
そして。
質が落ちれば、視聴者は絶対に減ります。
日本のアニメだから大丈夫……などと言うことはあり得ません。

さすがにアタリショック当時のアメリカ家庭用ゲーム業界に比べて歴史が長く、そのぶん固定ファンも多いですし、何よりもまだ「作品の質」は保っているでしょうから、当面はアタリショックのような急激な冷え込み方はしないかもしれません。

しかし。
生産現場の状況が改善されない限り、業界全体が冷え込むのは時間の問題でしょう。

蛇足ですが、これはアニメに限らず、「ものづくり」全般において、技術者への冷遇が同じ問題を引き起こしていそうな気もします。それはともかく。

一つ思うのは、社会現象にすら近かった「けものフレンズ」の作品の質に関すること。

はっきり言ってしまえば、「けもフレ」は技術的には非常に質の低い作品と言えます。
第一話の時点の視聴者の反応は、その作画などの技術面に対する視聴者の非難がほとんどでした。

けもフレに関しては作成に当てられる人員も限られていたようでしたので、仕方がないかもしれないけれど。
しかしこれこそ「生産現場の構造的欠陥」から来る「質の低下」の典型例とも思います。

制作技術的に質の低いアニメが売れたのは、個人的には非常に興味深い現象なのですが。
これが及ぼすアニメ業界への影響はどのようなものになるでしょう。

「作画が悪くても面白い作品はある!」と視聴者が考え、アニメ制作現場の技術的ハードルが下がるか。

それとも。

エライヒトたちが「作画が悪くてもアニメは売れる」と考えて「本当の粗製乱造」に走るか。

前者も決して良い影響だとは思いませんが。
それ以上に心配なのは後者。

作画が悪くてもいい、などという低い志で作られた作品は、その内容的な質も高まるはずがありません。
この流れの中から「二匹目のフレンズ」を釣り上げる可能性は、無名ゾンビドラマから面白い作品をピックアップするの以上に難しいことになるでしょう。

本当の粗製乱造に走ったアニメ業界。
それは本当に「アタリショック」と同じ状況。

もちろん、普通に「けもフレはけもフレ。ウチはウチ」で、今までとあまり変わらず日常が続いていくのが一番高い可能性でしょうが。

しかし、割と後者の方に行きそうな気がしてしまうのは、自分の考え方がヒネくれ過ぎているからでしょうか?

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思いついたままに書いてしまった、ヤマもオチもない駄文でした。
今後共あしからずよろしくお願いします。

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