キキさんのアルバイト その後の話その2 飲み会編10 「決闘」 (未推敲)

書き溜めていた話の最後の部分。
その後の話のクライマックスの一つ。

ゲーエルー対「勇者」の一戦になります。
ゲーエルーさんが本気です。

ゲーエルーさんは、姐御への思いや過去の恨みをまだ完全には消化しているわけではありませんが、それでもハクが思っているよりは過去を吹っ切っています。特に今回は、過去へのこだわりよりも、純粋に剣士としての想いを強めて一騎打ちに望んでいます。




話としては、とりあえずここで一区切り。どちらかと言えば過去の因縁の話でした。

次からはむしろ未来への話。
ルサ先輩が、ゲーエルーさん相手にいかにして告白するか……になります。




プロット

11.対峙
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ゲーエルーと勇者に言葉はなく、ただ構える。
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ゲーエルーは氷の剣を生成する。そして身体の周りに、氷のビットをいくつか生成する。
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ハクは、それがゲーエルーの戦場での姿であると知っている。氷の鎧兜がないのは、動きを阻害するし、勇者相手には意味もないと判断したのだろうと思う。
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勇者も剣を構える。無骨で装飾がないが、それは魔王ミティシェーリの首を落とした剣であると、ハクは覚えている。
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二人はにらみ合う。心得のないハクですら、動いていないが既に戦いが始まっているのが分かる。
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次の瞬間には、ゲーエルーの周りからすべてのビットが消失する。ゲーエルーが、ビットは無意味と悟り、消したのだと分かる。それで、ゲーエルーは更に一段上の剣士になったのだと知る。
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一瞬のような、永遠のような時間が流れた後、勇者が踏み込む。ただ一合だけ打ち合って、二人から殺気が消える。
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腰を抜かしたハクの前で、二人は微笑み合う。
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勇者は、見事だと言い、あの土壇場でビットを捨てなければもう少し楽に勝てていたと言う。あれで、ゲーエルーの剣士としての格が一段上がったと。
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ゲーエルーは、苦笑いをして、どういう存在なんだてめぇはと笑う。
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ハクが目を白黒させる前で、勇者はニヤリと笑うのみで、答えない。ただ、あのときのゲーエルーが今のゲーエルーであれば、あの場でミティシェーリを討つことは出来ず、戦争は更に長引いただろうな、とだけ言い、去っていく。
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去り際に、ハクが抱えるゲーエルーの長剣を見る。
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大事にしてくれ、魔王の護衛官が斬った、オレの仲間の……いや、オレが兄とも思って慕った戦士の剣だと言う。
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さすが勇者パーティの切り込み隊長の得物だ。随分とこれに助けられた。返さんぞ。ゲーエルーがハクから剣を受け取る。
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ハクがゲーエルーを見ると、爽やかにゲーエルーは笑い、目標はいまだ目標のまま。まだまだ剣術修行の路は果てないといい、腰を抜かしているハクを肩に持ち上げて、さて館に帰るかと笑う。
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ゲーエルーは、ボソリと言う。もし、今の強さがあの頃のオレにあれば、勇者と打ち合い、釘付けにして姉御を逃す時を稼ぐことは出来ただろう。
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だが、そうなった場合、自分は首を落とされるまで勇者とやり合い、チェーリあたりが姉御の脱出の手引をして、その後、姉御とチェーリは二人で下の大地をさまようことになっただろう。
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それはそれで良いが、業腹な話でもある。
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あの状況で姉御を連れて逃げるには、やはり勇者を倒す実力が無いとな。
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ハクは、ゲーエルーが求めている強さとは何なのかの一端を知るが、とりあえず生きて伸びてくれて良かったと思う。





本文

01.ゲーエルーの武装

 ゲーエルーが氷の刃を構える。
 彼の周囲には、空気を震わせるような冷気がうずまき、それは凝縮して氷の肩当て、鉢金、そして胸に埋まる核を護る氷の装甲が生成された。

 冷気を操り氷の鎧を生成する氷の種族の武装。ハクも、戦時中にはよく目にした光景だった。
 ゲーエルーも、かつての戦場では全身を氷の鎧で覆っていたが、ここでは流れ矢の心配もなく、敵もただ一人。軽装なのは、防御力よりも動きやすさを重視したのだろう。

 ゲーエルーを取り巻く冷気は、しかし剣と鎧の形を成した後も更に渦巻き、凝縮を続け、最終的には小さな五つの氷の塊となって彼の周囲を飛び交い始めた。

 ビット。

 そう呼ばれるその氷の塊は、複雑ながらも規則的な軌道を描き、ゲーエルーを護る。
 氷の種族の能力で作られるビットは、近距離に限定されるものの彼の意のままに動き、通常の敵兵ならば近づくだけで凍りつく程の冷気を放つ。攻防に優れた力を発揮するが、氷の種族でも限られた者にしか作ることが出来ない高度な能力である。

 武装を終えたゲーエルーは、長大な氷の刃を両手持ちにして右足を引いて斜に構え、手は右の腰に寄せて剣先を後ろに下げた。

 相手に対して身体を斜めに構える事により正中線を隠し、やや後ろ下げられた切っ先は、対峙する相手に刀身の長さを視認されにくい。
 その上でビットが彼の周囲を護り、変則的な機動で混乱を誘い、集中を乱す。……そう見せかけながらも、あえてビットの軌道が右半身に集中する瞬間を作り、左半身への攻撃を誘う。

 敵の攻撃の方向とタイミングを巧みに誘導し、視界外となる下段から迎撃するための「脇構え」。
 半生をかけて護りの剣を磨いてきたゲーエルーがたどり着いた、究極の型の一つだった。

 明るくなり始めた朝日に、周囲を護るビットが照らされて輝く。
 
 足の指先の動きだけで、ゲーエルーはジリジリと間合いを詰めていった。



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%A1%8C%E3%81%AE%E6%A7%8B%E3%81%88

02.勇者の剣 
 
 対して、勇者は剣を青眼に構えた。
 腕は中段に置き、切っ先はゲーエルーの目に向けている。あらゆる状況に対応できる、基本中の基本の型であり、それ故に極まれば至上とも呼ばれる構えだ。
 ゲーエルーと同じく鎧らしいものはほぼ着ておらず、丈夫で動きやすそうなややダブっとした服の上から、小手と脛当てのみを着用していた。
 こちらも、動いているようには見えない速度で足を動かしながら、ゲーエルーとの距離をわずかに詰めている。

 近づくにつれて、勇者の構えはわずかに変化し、上段に近い所まで腕が上げられる。

 彼が構える剣に、ハクは目を奪われた。
 
 幅広で厚刃。
 装飾らしい装飾のない、地味で無骨な長剣。
 
 だが、見間違えるはずもない。
 
 それは、母の首を斬り、その生命を奪った剣だった。

 対峙する二人は、互いにわずかづつ構えを変え、その相手の変化に対応しながらジリジリと距離を詰めて行く。
 間合いが狭まるにつれてその緊張感は増していき、心得のないハクの目で見ても、もはや一触即発であることが分かる。
 二人を取り巻く空間自体が切り取られて独立し、そのまま圧縮されていくような感覚。

 次の瞬間。
 
 ゲーエルーのビットが甲高い音を立てて弾け、消え去った。

 勇者の業ではない。
 氷の種族であるハクには分かる。ゲーエルーが自らビットを捨てたのだ。

 何故……と、ハクは思わなかった。
 ビットが消え去った後、ゲーエルーの身体が、まるで一回りも二回りも大きく感じられた。
 
 戦いの理屈も、剣の術理もハクの知識にはない。
 だが、それでも。
 ゲーエルーはビットを捨てたことで、剣に全精力を集中したのだということが本能的に理解できた。 

 恐らく、それは今までのゲーエルーが達し得なかった境地。
 勇者の剣の圧に晒され、この状況でのビットの無意味さを悟り、ゲーエルーもまた剣にのみ全ての力を注いだ。

 そしてそれが、ゲーエルーを更に一段上の剣士へと成長させた。
 ハクにすら、それが分かる。

 それだけの剣気を、ゲーエルーは放っていた。





03.決着

 そして。
 空間が爆発した。

 ハクの目では捉えられない、勇者の神速の踏み込み。

 剣士たちを隔てていた空間が瞬間的に消え去ったかのような。
 時間が意味を失い、過程を飛ばしてただ結果だけが残ったかのような。

 撃ち合わされた二人の剣が爆発のような音と衝撃を生み、凶暴な空気の波となってハクの耳と肌を打った。ハクは二人から目を離さなかったが、それでも何が起こったのかは把握できなかった。

 衝撃が過ぎ去り、腰を抜かしたようにへたり込んだハクが見守る中。

 ゲーエルーと勇者は互いの刃で刃を受け、鍔迫り合いの形で押し合っていた。

 踏み込んで上から撃ち下ろした勇者と、下段から斬り上げて迎撃したゲーエルー。
 二人の筋肉が極限まで盛り上がり、互いの剣は主人達の力に耐えて、今なお相手の首を獲ろうともがきあっている。

 止めたい、と、ハクは思った。
 ここで自分が間に入って勝負を濁せば……。

 だが、恐怖と衝撃に打たれたせいで、脚が動かない。

 それでもハクは、手にしていたゲーエルーの剣を杖に、立ち上がった。

 脚が震える。
 近づいたら、斬られるかもしれない。

 ……でも、止めなきゃ。

 ヨタヨタとした動きで、ハクが二人に駆け寄ろうとした瞬間。

 それまで全力で押し合っていた二人から、力が抜けた。

「……え?」

 思わず、ハクが間の抜けた声を上げる。
 だが、そんな彼女を見もせずに、二人の剣士は互いに一歩づつ下がり、剣を引いた。

 ついさっきまで空間を支配していた圧倒的な緊張感は、今はもう欠片も感じられない。
 
 ハクは再びその場にへたり込んだ。目を丸くしているハクの前で、ゲーエルーの氷の刃が砕けた。

 それは、公園の散歩道に植えられた針葉樹から差す木漏れ日を受けて、ダイヤモンドダストのように煌めきながら散っていった。

「あの……。え?」

 混乱するハクに視線をやって、ゲーエルーが言った。

「オレの負けだ」
 




04.帰途

 苦笑いをしながら、ゲーエルーが言った。
「オレも随分と強くなったつもりだったが、届かなかったな。どういう存在なんだテメェは……」
 勇者はニヤリと笑うのみで、質問に別の答えを返した。。
「あの時、魔王砦に居たのが今の君だったなら、俺もあの場でミティシェーリは討てず、戦争は更に長引いただろうな」
 はぐらかされた事に対してか、ゲーエルーは舌打ちする。
「あのビットを捨てたのは見事だった。ビットに頼ってくれたら、今回ももう少し楽に勝てていただろう。あれで、剣士ゲーエルーの格は一段上がったぞ」
「それでも、あの状況で姐御を護るのがやっと……いや、落ち延びさせる時間を稼ぐのがやっと……と、言ったところか」
 勇者は肯定も否定もせずに肩をすくめた。
 そして踵を返した。

 二人のやり取りを、腰を抜かしたまま呆然と見ていたハクの横を通り過ぎる時、勇者は彼女が持つ剣に目を向けた。

「その剣、大事にしてやってくれ。魔王の護衛官に斬られた俺の仲間の……いや、俺が兄とも思い慕った男の剣だ」
 思わぬ剣の由来を聞いて、ハクが目を白黒させる。
 彼女の頭越しに、ゲーエルーが答えた。
「流石に勇者パーティの切り込み隊長愛用の長剣だ。戦時中も、戦後の逃走時も、こいつには随分と助けられた。返さんぞ」

 ハクが抱えていた剣の柄を手に取り、ゲーエルーが言う。
 勇者は振り返らずに、ただ肩越しに手を振って、その場を歩き去った。

「さて」
 と、ゲーエルーは地面にへたり込んだままのハクに言った。
「帰るか、嬢ちゃん」

…………
……………………

 腰を抜かして歩けなくなっていたハクをゲーエルーが抱えて、森の入口まで来た。
 流石に回復した彼女が降ろしてくれと言い、そこからはゲーエルーの後ろにハクがついて歩く。

「結局……どういうことだったんです?」

 ゲーエルーにやっと着いていくような感じで歩きながら、ハクが聞いた。
 ゲーエルーは、ちょっと考えるように足を遅めながら、振り返った。

「分かりやすく言うと、だ。ヤツの撃ち込みを、俺は受け止める事しかできなかった」
「……?? それだとダメなんですか?」
「あのまま続けても、撃ち合うことは出来る。それこそ、何十号でも。だがなぁ……」
 ゲーエルーは顎に手を当てて、首を傾げながら続ける。
「それでは勝てんのだ。オレの剣は、いなして、弾いて、それを反撃に繋げるスタイルだ。受け止めるのが精一杯では反撃が出来ん。撃ち合ううちにやがて押し負け、最終的には首を取られることになっただろう」
「……それが、最初の撃ち合いで分かったから。……負けたと?」
「心得のない嬢ちゃんでは分かりにくいかもしれんがな。あれはオレの負けで、ヤツの勝ちだ。言葉にせずとも、お互いに了解している」
 頷き、何となく納得したハクに、ゲーエルーはボソリと言った。
「今の強さがあの時のオレにあれば、あの魔王砦から姐御を逃がす時間は稼げた。だが、それはオレの首と交換だ。そうなれば、あの場ではチェーリあたりが落ち延びる手引をして、その後は姐御とチェーリが二人で下の大地をさまようことになっただろうな。それはそれで、業腹だ。姐御を護る役、他の誰にも渡す気はない」
 その言葉を聞き、ハクは思った。
 この人は、やはり魔王砦の最後の戦いから逃れられていないのだろう、と。
 下の大地で追われながら、それでもなお、剣の腕を磨いた。
 それは全て、もう終わってしまったあの戦いで、ミティシェーリを護るため。そのために、この人は未だ剣を振るっているのだ。

 ハクは、ゲーエルーが求めている強さとは何のなのかの一端を悟り、呆れ半分にため息をついたハクに、ゲーエルーは言った。

「あの状況で姐御を連れて逃げるには、やはり勇者を倒す実力がないとな」

「……そうですね。でも……
 ハクは、苦笑いをしながら声をかけた。
「とりあえず、生き延びてくれてよかったと思います」

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