第一章 第三話 「魔王の娘ハクと魔導生物クークラ」



熊のようなバーのマスターに紹介された「魔王砦のメイド」のアルバイト。
その面接に向かったキキさん。
そこに居たのは、どこか気の弱い魔王の娘ハクと、少女の人形身体としているハキハキとした性格の魔導生物クークラでした。

性格の違うハクとクークラながら、まるで仲の良い母娘のような二人に、キキさんは好意を持ちます。

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キキさん第一話表紙 光跡なし.jpg



01.

 頑丈で飾り気のない建物の中に、キキさんは招かれていた。

 かつて魔王砦の参謀本部として作られたその建物は混凝土(コンクリート)製で、外から見ると巨大な灰色の豆腐のようにも見える。
 それは、砦跡で唯一破壊されずに残された建造物でもあった。

 熊のようなバーのマスターから渡されていた書類で、この建物の間取りは既にキキさんの頭に入っていた。
 一般的な建物に比べ、かなり特殊な構造である。
 まず、砲撃への耐性を持たせるため外壁が二重になっており、人一人がやっと通れるような狭い回廊が建物全体を囲んでいた。
 一階は廊下が中央に一本あり、すべての部屋がその周りに配されている。部屋と部屋とはドアで直接に繋がれており、廊下に出なくとも別の部屋に行き来できるようになっていた。生活のためではなく、内部連絡を取りやすくするための構造である。
 その間取りを見るだけで、この建物が軍事用に作られたものだと解った。

かなりテキトーな魔王砦 一階 間取り図.jpg

 ここで、幽閉されている魔王の娘「ハク」と、キキさんは出会った。

 魔王砦に到着したキキさんがノックしたドアは、どことなくおずおずとした感じで開かれた。
 その扉の向こうに居たのがハクだった。

 ぎこちない挨拶を交わし、会話もそこそこに切り上げたハクが、キキさんを招き入れたのは、廊下の一番奥にある「中央会議室」。
 中は広く、壁に掛けられた何種類もの地図が特徴的だった。部屋の中心には長大な机が設置されていたが、それは大きすぎるため今回は使われず、脇に置かれた4人掛けのテーブルにキキさんとハクが向かい合って座り、アルバイトの面接が始まった。

 ハクは、見た目は二十そこそこの人間の女性のようで、氷の種族に特徴的な蒼く透き通るような髪を持ち、縛らずに肩口まで垂らしていた。
 冬だというのに薄着で、胸元の開いたタンクトップにスキニーパンツ。その出で立ちは、キキさんから見ると少し端たないとも思える服装だったが、氷の種族は熱に弱く、裸に近い格好でいることが基本的な文化であると知っていたため、その点は気にしないようにした。

 胸元には拳大の氷塊にも似た「核」の一部が露出していた。
 核は氷の種族最大の弱点でもあるが、ハクのそれは美しく輝いている。

 首にかけられたネックレスには、キラキラと光る透明の結晶が取り付けられていた。
 単なる装飾品ではない。
 これこそが氷の種族を下の大地へと導くきっかけになった氷結晶なのだろう。
 キキさんも実物を見るのは初めてだった。
 造形は素朴だが水晶の原石のようでとても美しいと思った。

 キキさんが見るに、ハクはあまり気の強い女性ではない。むしろ引っ込み思案で、会話は得意ではないようだ。交渉事も苦手らしく緊張しており、それでも雇い主としての立場を保ち、その上できちんと話し合おうと努力しているのは分かった。

 気弱なところがあるが、悪い子ではないという印象を、キキさんは持った。



02.

「では、ここまでの話をまとめさせてもらいます」
 キキさんが頷くと、ハクは手にしたノートに視線を落とした。
「まず、キキさんに頼みたいのはハウスキーパーの作業全般。日常的な掃除を始めとして、物品の管理、事務、場合によってはお客様のおもてなしやその準備など、仕事は多岐に渡ります。本来この砦跡の管理は、国教会から私に課せられた……いいえ、もともとは勇者様がその姿をお隠しになる以前に、私に直接命じられた義務なのですが、別の仕事に注力するという目的のため、人を雇って代行してもらう許可を頂きました」

 チラチラとノートを確認しながらハクは続ける。
 決めたことや説明することを覚えきれないという訳ではなく、人と目線を合わせるのが苦手なようだ。

「お給金に関しては、これは国教会からの支払いとなるため、私、ハクが関与できるところではないことはご了承ください」

 キキさんは頷く。支払いに関してはバーのマスターに貰った募集要項にも記載されていた。

「それから、私は生活全般に関する事柄を国教会に報告する義務があります。その中には雇った人に関する事例も含まれます。それが国教会側の査定に関連する可能性があるということは、頭に入れておいてください」

 これも当然であろう、と、キキさんは頷いた。査定されない仕事など、緊張感のない遊びに過ぎない。

「では次に労働条件に関してなのですが……」

 ここからはまだ話し合っていない事柄になる。
 まずはハクが話し始めた。

「私としましては、住み込みの形態になるのが妥当かと思うのですが、どうでしょう」

「住み込みですか?」
 キキさんは少しだけ驚いた声で反応した。
「ええ、この建物だけでもかなりの広さがありますし、通いでは手入れが行き届かないかと……」
「わたくしの希望は、自分の住む館の維持管理に差し支えない範囲でのアルバイトだったのですが」
「え?」
「一応、募集の書類を渡された際に、相手方には話していたのですが……伝わっていませんでしたか」
 ハクは少し慌ててノートのページを繰った。恐らくは単なる連絡ミスで、ハクの責任ではない。それは彼女も理解しているのだろうが、不測の質問をされると戸惑うらしい。

 ノートをめくるのは自分の気を鎮める時間が欲しいと思ったからだろう。

 程なくして、ハクは「その点はこちらでも把握していませんでした、すみません」と頭を下げた。
「いえ、ハク様が謝るようなことではございません。恐らくは連絡の行き違いでしょう。ただ、困りました。わたくしとしては、ここが一番譲れない部分だったものですから」



03.

「わたくしとしましては、この大きさの建物であるならば通いでも問題はないと考えておりますが」
「え? でも……?」
 自信ありげなキキさんの答えに対して、ハクは言葉を濁した。
「失礼ですが、何か住み込みでなければいけない理由が、他にあるのでしょうか?」
「……ええと、その……」

 キキさんはハクを緊張させすぎないよう、努めて静かな口調で言った。

「ハク様、わたくしは、雇用主と従業者は信頼関係が大切だと心得ております」
「? ……はい」
「もちろん、何もかも開けっぴろげにすればいいという訳ではありませんが、しかしお互いあまり隠し事が多いとその信頼関係を培うことは出来ません。どうでしょう、何か住み込みにしたい理由があるのでしたら教えていただきたいのですが。こちらにとっても判断の材料になりますし」

 ハクは小首をかしげて少し考えてから、実は……と、切り出した。

「これも国教会から課せられているのですが、自分には、その……養育を任されている子供がいます。いえ別に悪い子ではなく、むしろ素直で明るい子です。しかし……」
「しかし?」
「恥ずかしいことですが、自分は幼少期以来、魔王の娘としてこの砦跡に軟禁された状態です。性格も……その、内向的で、人としゃべることも上手くはありません。そもそも人と会うこともあまりないですし、このような人生経験では、あの子に伝えてあげられる事が少ない」
「……」
「せっかく外部の方を招くのだし、その仕事を見て社会人とはどうあるべきかを学んで欲しくて……。その場合だと通いよりも住み込みで居てもらった方がいいかと……そう、思ったんです。あ、いえ、砦跡が広くて、通いでは手が回らないのも本当です、自分がここの掃除をしようと思ったら、それだけで何日も……」
「わかりました」
「……はい?」
「わたくしは、ハク様のお志は尊いものだと思います」
「え……、じゃあ」
「ただし」
 期待を滲ませたハクの声に対して、キキさんはピシャリと言った。
「これは募集要項には無かった事でもございます。そして、子供の健全な生育に関わるという責任のある仕事は、自分としては負いかねる部分があり積極的には請けられない、と、言わざるを得ません」
「そ……そうですか……そうですよね。いえ、もちろんそれが当然なんです。ただその、教師役をして貰うようなわけではなく、普通に仕事をしてもらってその姿を見せてあげたかっただけで……」
「ハク様の言いたいことは良く分かります。とりあえず……」
「はい……やっぱり、この話はダメ……」

 しょげてうつむいたハクの言葉を遮るように、キキさんは言葉を続けた

「とりあえず、住み込みか通いかといったような条件面の話は後にしましょう。先に具体的な仕事内容の説明をしていただけませんか?」
「……え?」
「ハウスキーピング全般と言われましても、その家々によってやり方が違うでしょうし、ここは特殊な場所でもあります。ご指導を受けた後、条件面の話を詰めて、それで雇用していただけるか否かを決めるのがよろしいかと」
「あ、はい! ではまずグルっとご案内して、仕事の感じを実地で説明します」
「それと」
「?」
「ご同居されている方がいらっしゃるのでしたら、一緒に来ていただくのもよろしいかと」
「そうですね。……ちょっと待ってもらってもいいですか? 呼んできます」
 ハクが席を立とうとすると、キキさんがそれを手で制する。
「その必要は無いかと思いますよ」
 言って、キキさんは部屋の奥の小さなドアを指差した。それは回廊に繋がる入り口だった。

 一瞬だけ、場を沈黙が支配する。

 その沈黙に耐えかねたように、普段はあまり使っていないのだろうそのドアが、ギギィと軋んだ音を立てて開かれた。



4.

 ドアを開けたのは、10代前半くらいの女の子だった。

「こんにちわ。キキと申します。お名前を教えてもらっても?」
「えへへ。クークラです」
 バツの悪そうな照れ笑いをしながら、クークラは身体についた埃を叩いて落とした。回廊は普段は人が入らないようで手入れも行き届いていないらしい。手にはランタンを……青白く光る「ヒカリムシ」と呼ばれるモノを封入したランタンを持っていた。
「どうして分かったの?」
「どうしてじゃありません。盗み聞きなんて!」
 悪びれずにキキさんに問うクークラに、ハクが呆れたような声を上げる。
「もともと冒険者をしていたものでして。ダンジョンに潜んだ時の経験などで、気配には敏感になったのですよ、クークラさん」
「へぇ! 冒険者! その頃のお話、聞いてみたい!」
 キキさんの答えにクークラは目を輝かせた。
「クークラ!」
「あはは、ごめんなさい。でもハクがちょっと心配で」
「お仕事のお話です。心配されるようなことなどありません!」
「でも、完全に主導権を握られてたじゃない」
「そ……! そんなことは……」
 クークラの指摘に、ハクの語尾が弱まる。自覚していたらしい。

 クークラはハクよりもずっと社交的で、物怖じしない性格のようだ。キキさんは二人の会話を微笑みながら聞いて、ハクに助け舟を出した。
「ハク様。まずはご案内ください。クークラさんも一緒に」
「そ……そうですね。クークラ。付いてきて」
「はーい」
 無邪気に笑うクークラを、キキさんは改めて見てみた。

 何か違和感がある。

 姿形は人間の女の子だ。
 落ち着いたワインレッドを基調にしたスリーピースのドレスを着込んでおり、華やかな印象がある。回廊を渡ってきたため埃にまみれているが、身だしなみはしっかりとしていて、決して短くはない白銀の髪も、首を隠す程度の高さで結い上げられていた。立ち姿も、歩くときも姿勢が良く、瑞々しい活力が感じられ、子供らしい無邪気さ、ハキハキと喋る快活さがある。

 キキさんは、ハクとは別の種類の好感を持ったが、しかし何か不自然さを感じた。
 クークラの方でもそれを敏感に悟ったらしい。
「あ。なんかもうわかっちゃったかなぁ」
 と、少し表情を曇らせる。
「やっぱり冒険者さんには解るのかなぁ。うーん、見てもらうのが早いかな」
 自問自答しながら、彼女はスカートの前側を両手でつまんだ。

 そしてキキさんの前で、そっとそれをたくし上げた。

 隠されていた彼女の脚が露わになる。
 彼女の膝は、その身体が人工物であることが明らかにわかる、球体関節になっていた。

「ボクは、身体を持たない存在なんです」
 少し間を置いてキキさんは聞き返す。
「……人形の付喪神……?」
「……違います」
 クークラの代わりにハクが答えた。
「この子は……身体を持たない魔導生物なんです。何にでも宿ることが出来るけど、何かにとり憑いていないと消えてしまう……私も詳しくは知らないのですが……」
「この身体は、ハクが国教会に頼み込んで作ってもらった人形なんだ。すっごく気に入っているから、もう随分前からこればっかり使ってる……使っています」
「……珍しい体質ですね」
「驚かないの?」
「十分に驚いております」
「そうは見えないけど……。でもまぁいいや! ハク、早く行こう! あ……」
 言って、クークラはキキさんに向かって思い出したように右手を差し出す。
「よろしく!」
「こちらこそ」
 キキさんはその手を握り返した。触れてみると、確かにその感触は人間の手ではなかった。
 手を離して、思い出したようにクークラが言った。
「そういえばまだ契約をしたわけではなかったんだっけ……」
「そうですね。でも、握手は無駄になることではありませんよ」
 微笑みながら言葉を返す。クークラはにっこりと笑ってハクの後ろを歩き始めた。

 この奇妙だが仲の良い母娘に、キキさんは少し惹かれるものを感じていた。

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